1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 岩手県知事 達増拓也×佐藤健志 「超復興の実務と理想」を語る〔1〕

社会

岩手県知事 達増拓也×佐藤健志 「超復興の実務と理想」を語る〔1〕

達増拓也(岩手県知事),佐藤健志(作家/評論家)

2014年03月11日 公開 2023年01月19日 更新

リアリズムこそ理想を守る

 達増 甚大な被害を受けた陸前高田市など、国の直轄で再生すべきではないかとも思いましたが、考えてみればわが国が近代化以降、国主導で町づくりを行なった例は、筑波研究学園都市(茨城県つくば市)ぐらいではないでしょうか。家康の江戸や秀吉の大坂のように、首都づくりは国家を挙げてやるけれども、地方都市を政府直轄でつくる話はほとんど聞きません。天台宗の天海大僧正が津軽弘前の町づくりにアドバイザーとして徳川幕府から派遣された、という例はありますが。仙台をつくったのはやはり伊達政宗ですしね。

 佐藤 その意味では「オールジャパン」も要注意です。下手をすると「日本全体で帳尻が合えば、疲弊したままの地域があっても構わない」ことになりかねません。

 達増 復興の仕事をしていて思うのは、国の外交や防衛というのはある程度、犠牲を払ってでも国益を追求し、目的を達成しなければならない。最も極端な例は戦争です。国家には戦争の勝利という目的のため、ある程度の人的犠牲は厭わない、という側面があります。

 しかし、地方自治というのは取りこぼしが許されない。地方自治法にある「住民の福祉の増進」は、すべての住民の方が一人残らず享受すべきものです。被災者であればなおさらで、現在も仮設住宅などに避難されている方は、岩手県だけで3万6825人に上ります(2013年10月10日現在、復興庁による)。被災の範囲をもっと広く取ると、5万人もの被災者の皆さんが今日も不自由な暮らしを余儀なくされています。大事なのは、一人ひとりに事情とニーズがあり、その人ごとの復興があるということです。「一人一復興計画」の総体が、県の復興計画です。県がスイッチを押せば、全体が自然に動くというものではない。岩手県ではつねに変化する状況に合わせて復興計画を修正し、対応を行なっています。

 佐藤 達増知事が「安全の確保」「くらしの再建」「なりわいの再生」の三原則を掲げたように、復興にはめざすべき目標としての理念や理想が欠かせません。

 ただし理想は、しばしば現実と対立します。他県の復興計画では、海岸に防潮堤をつくる件で、県と住民が対立しました。県は安全を最優先に、高い防潮堤を築こうとするのですが、一部の住民は「漁に出るのが不便になる」「町の雰囲気が壊れる」と反対しています。「安全の確保」と「なりわいの再生」がぶつかったかたちです。これを克服するため、心掛けるべきことは何でしょう。

 達増 岩手県の場合、県内に135の防潮堤設置箇所があります。そのうちの20については、住民の皆さんの意見を取り入れ、家の土地の嵩上げを行なうなどの対応を行ない、防潮堤の高さを当初計画よりも低くしています。

 私は「安全の確保」「くらしの再建」「なりわいの再生」の3つの要素を複合的、創造的に組み合わせれば、必ず解はあると考えています。復興とは1つを追求して他を犠牲にするトレードオフの関係ではなく、安全を確保し、なおかつ生活しやすい住宅の配置や、漁の仕事に出やすい環境を可能なかぎり両立させることです。複雑で困難な作業ですが、諦めずにねばり強いリアリズムで解決に取り組むことで、われわれは理想を手放さないで済むのではないでしょうか。現実の施策を組み合わせることで、さらに強く高い理想をめざす。それが行政の手腕の見せどころ、自治の醍醐味だと思っています。

 佐藤 理想と現実を対立させないのも、理想の力なんですね。同時にリアリズムこそ理想を守る。さすがです。

 達増 私は、岩手県ほどのポテンシャルなら、皆さんが今後も希望をもって沿岸の地域に住みつづけることができる、と確信しています。ご存じのように、岩手の沿岸は世界3大漁場の1つ、三陸漁場を擁して海の幸に満ちている。風光明媚な国立公園の三陸海岸や釜石製鉄所のような近代産業地域もあり、沿岸南部では古生代の地層から出る石灰岩を利用したセメント工業も盛んです。こうした地域資源の豊富さを見れば、沿岸だけでも30万人の方々が豊かに生活できるはずです。

〔2〕につづく

 

達増拓也 (たつそ・たくや) 岩手県知事

1964年岩手県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。1991年、米国ジョンズ・ホプキンス大学国際研究高等大学院修了。1996年、衆議院議員(連続4期当選)。2007年より岩手県知事、現職(2期目)。2011年~12年、東日本大震災復興構想会議委員を務める。2012年より復興推進委員会委員。

 

佐藤健志 (さとう・けんじ) 評論家・作家

1966年東京生まれ。東京大学教養学部卒業。1989年、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。作劇術と文明論を融合させて時代や社会を分析する評論活動を展開。近著に『震災ゴジラ!』(VNC)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、編訳書に『新訳 フランス革命の省察』(PHP研究所)がある。最新刊は中野剛志氏との共著『国家のツジツマ』(VNC、3月22日発売)。


<掲載誌紹介>

2014年4月号

世界のほとんどは親日国家だが、中国と韓国だけは強烈な反日国家。今月号の総力特集は、日本人の気持ちをストレートに表した「反日に決別、親日に感謝」。「テキサス親父」の愛称で親しまれる「反日ロビー」と戦う米国人評論家トニー・マラーノ氏のインタビューも掲載した。
第二特集「アベノミクス失速の犯人」では、経済成長率が鈍化しはじめた原因を探る。また、東日本大震災から3年を経過するにあたり、村井嘉浩宮城県知事や達増拓也岩手県知事に、復興にかける決意を語っていただいた。最後に、作家の阿川佐和子さんと安倍昭恵総理夫人、経営者の秋山咲恵さんの「女性活用」に関しての特別鼎談も興味深い。ぜひご一読いただきたい。

×