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<サッカー>ホームレス・ワールドカップ日本代表奮戦記

蛭間芳樹(日本代表「野武士ジャパン」監督)

2014年06月24日 公開 2015年04月28日 更新

《『ホームレス・ワールドカップ日本代表のあきらめない力』より

 いまや日本でも人気のスポーツとなったサッカーのワールドカップは誰でも知っているだろう。しかし、あなたは、ホームレスだけが参加することができるサッカーのワールドカップがあることをご存じだろうか。そこには世界各国のホームレスが、国の代表選手として参加する。この中から、プロ契約に至ることもあるというが、大事なのは試合の勝敗ではなく、ワールドカップを機に自分自身が自立できるかどうかなのだ。ホームレスの人たちの自立を目的としたサッカーの世界大会、それがホームレス・ワールドカップである。現在、私はホームレス・ワールドカップ日本代表チーム「野武士ジャパン」の監督をしている。

 サッカーは、自助努力や仲間とのコミュニケーションの大切さを教えてくれ、創意工夫によっては社会の縮図を疑似体験できるスポーツだ。それを通して社会で必要なものを身につけることができる。

 スポーツを通して自立すること。私はそれに懸けた。いや、私ではない、ホームレスの人たちが人生の再出発をサッカーに懸けたのだ。

ホームレス・ワールドカップ日本代表「野武士ジャパン」オフィシャルサイト

本書『ホームレス・ワールドカップ日本代表のあきらめない力』は、日本代表チーム「野武士ジャパン」監督の蛭間芳樹氏が、2011年パリ大会に臨んだ3年間の出来事を記録した感動の実話です。
サッカーの経験が乏しい選手たちとの練習にはじまり、困難をきわめた渡航費などの資金調達、チームの不協和音、拒否された選手のパスポート取得、そしてようやく実現したパリ大会では苦戦の連続――。
次々と現れる「壁」に、選手たちは「あきらめない力」で挑んでいきます。

世界と、自分自身と戦った男たちの挑戦、その一部をご紹介します。

 

ホームレス・ワールドカップの衝撃

パリ市大行進で見たもの

 ホームレス・ワールドカップの会場は、シヤン・ド・マルス公園(Parc du Champ-de-Mars)。フランス・パリの7区にある公園である。その北西側にはエッフェル塔、南東側にはエコール・ミリテール(陸軍士官学校)が隣接している。ここではパリ万国博覧会が何度も行われたほか、公園を含むセーヌ川周辺は「パリのセーヌ河岸」として世界遺産に登録されている。

 大会初日にホームレス・ワールドカップの参加者がパリ市内を行進した。国旗を掲げ、民族衣装やフル代表のユニフォームで装い、伝統音楽を奏で、歌を歌いながら賑やかに行進した。いや、行進というより、カーニバルといった方が適当かもしれない。

 交通規制がなされたほか、警察の警備もしっかりなされていた。車から、家の窓から、路上から、笑顔で手を振ってくれるパリ市民。きっと事前に周知がなされていたのだろう。

 観光客は何かあるのか、といった表情をしていたが、行進の勢いに圧倒されたのか、ともに盛り上がり記念写真を撮る人たちが多くいた。

 まるで、パリという街全体がホームレス・ワールドカップの国際大会と、世界のホームレスを受け入れているようだった。ホームレスを排除する空気のあるいまの日本ではあり得ない光景がそこにはあった。

 野武士ジャパンの人気は群を抜いていた。やはり震災や原発事故の影響もあっただろうが、親日家も多く、はっぴ・はちまき姿の私たちを、「サムライ!」と呼ぶ声が絶えなかった。「サムライじゃない、野武士だ!」と言っている選手たちの表情はとても明るかった。

 日本では、ホームレスとして社会から排除されている自分を、ここでは皆が受け入れてくれている。こんなに期待されるような視線や温かな雰囲気に浸ったことはなかったかもしれない。

 パリ市が全面協力をしているため、このような公共空間でホームレス・ワールドカップが開催できる。ホームレス問題に代表される労働、雇用、貧困問題に社会や都市が積極的に解決に向かうという姿勢がうかがえた。日本を振り返って恥ずかしく思えた。ホームレス・ワールドカップのような多様性を受け入れる国際イベントを、いまの日本社会では開催できるだろうか。

 

世界のホームレスが描く夢

 メイン会場に到着すると、盛り上がりが最高潮になった。

 オリンピックの入場行進のように、各国の国旗を先頭に次々と参加者が集まる。

 事情や状況は違うが、厳しい状況を強いられている彼らが、世界中から集い、自立という共通の目的に向けて1つの集団を形成するコミュニティビルディングの儀式のようだった。

 参加者たちの熱気と異様な空気が強烈に伝わってきた反面、私は正直圧倒された。

 中には、ホームレス状態にありながら自信や希望に満ちあふれた表情をしている選手もいたからだ。

 聞くところによると、ホームレス・ワ-ルドカップで活躍した選手が、欧州サッカー・クラブチームのスカウトの目にとまり、一気にプロ契約に至るケースが多々あるという。

 大会規則にこんなルールがある。それは、ホームレス・ワールドカップに参加できるのは生涯に一度だけ、というものだ。ホームレスからプロサッカー選手を目指すという目標設定も驚くが、このように自分の人生に希望と目標を持つための場であることを強く意識させるための本部側の意図が伝わる。そしてその機会を得ようとする人たちが集まる環境が整備されていることがわかる。

 成熟した日本社会で、人生の希望を持てずに、彼らなりの安全地帯を探し、ひっそり・こっそり生活している野武士メンバーとは根本的に何かが違うように思えた。

 他国の選手は何しろ明るい。歌を歌ったり、踊りを踊ったり、人生を楽しむすべを持っているようだった。そして常に、オープンだった。「被ばくしてないか?」などといきなり聞いてくることもあり、むしろオープンすぎて困る部分もあった。

 いずれにせよ、世界の一大イベントに出場でき、自分が自立する未来を想像して、その希望に向かって仲間とともに楽しんでいる選手が多いように思えた。

 ホームレス・ワールドカップは、予選リーグを経て順位決定戦に移行し、大会最終日まで全チームに試合があるように設計されている。予選での成績で上位リーグと下位リーグに分け、さらに2次予選を実施する。

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