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福西崇史・元日本代表の「サッカー観戦のポイント」

福西崇史(NHK解説者/元サッカー日本代表)

2014年04月18日 公開 2023年01月23日 更新

《PHP新書『こう観ればサッカーは0-0でも面白い』より》
写真:Shu Tokonami 

サッカー観戦のポイントは「ボランチ」「戦術」「個の力」

 

 「サッカーを観るとき、どんなところに注目していますか?」

 テレビ中継の解説者という仕事を始めてから、そんな質問を受けることが多くなりました。スタジアムやテレビでサッカーを観るとき、みなさんはサッカーのどんなところに注目していますか? どんなシーンに感動し、興奮し、面白さを感じていますか?

 

 僕は、とくに3つのポイントに注目しています。

 1つ目は「ボランチ」。現役時代の僕が務めていたポジションで、この言葉に馴染みのない人には「グラウンドの中央にいるミッドフィールダー」と説明すれば伝わりやすいでしょうか。1998年ワールドカップ・フランス大会では山口素弘さん、2002年同・日韓大会では稲本潤一が務め、2010年8月にアルベルト・ザッケローニが監督に就任してからは、主に遠藤保仁や長谷部誠が任されてきたポジションです。

 2つ目は「戦術」。これは、対戦する2つのチームがどのように自陣ゴールを守り、いかに相手ゴールを攻めるかを示す「基本方針」といえるでしょう。サッカーは11人対11人の駆け引きによってゴールをめざすスポーツですから、それを実現するための作戦、すなわち戦術を無視することはできません。とくに近年は「4-2-3-1」や「3-4-3」「4-4-2」といったDF(ディフェンダー)、MF(ミッドフィールダー)、FW(フォワード)の順にポジションごとの人数と配置を示すフォーメーション表示が定着していますが、これも戦術を表現する基本方針の1つです。

 そして、3つ目は「個の力」。サッカーは「組織対組織」「戦術対戦術」の駆け引きを魅力とする11人対11人のスポーツでありながら、ときにたった1人の「個の力」によってそれを破壊してしまう側面をもっています。ドリブルで何人もの相手を抜き去るバルセロナのリオネル・メッシ、強烈なロングシュートでゴールを奪ってしまうレアル・マドリーのクリスティアーノ・ロナウドなど、時代を象徴するスーパースターたちはその強烈な個性をグラウンド上で表現し、名声を勝ち取ってきました。もちろん、たとえメッシやロナウドほどのインパクトがなくとも、グラウンド上ではつねに1対1、すなわち「個対個」の戦いがあり、その勝敗は「組織対組織」の勝敗にも大きく影響します。

 2つ目のポイントである「戦術」すなわち「組織」と、3つ目の「個の力」。この両者は、日本代表の未来を展望するうえで争点の1つともなりました。思い出されるのは2013年6月、ワールドカップに向けたアジア最終予選のオーストラリア戦。ワールドカップ・ブラジル大会への出場権を獲得したこの試合の直後、本田圭佑はこう発言しました。

 「最後は個の力で試合が決することがほとんど。日本のストロングポイントはチームワークですが、それは生まれ持った能力なので、どうやって自立した選手になって個を高められるか(が大事)というところです。(本番までの)1年は短いですが、考え方によっては1年もあるともいえます。(香川)真司や(長友)佑都みたいにトップクラブでやっている選手もいるし、ただそうでない選手もいる。でも、そうでない選手もやれることはあると思います」

 日本が世界の強豪と互角以上に戦うために強化すべきは、個の力か、それとも組織の力か-。みなさんはどうお考えですか? 僕の意見では、この2つの重要度に優劣はつけられません。その理由は、これまでの4半世紀におけるサッカーの歴史にあります。

 

時代の変わり目はワールドカップ・アメリカ大会

 

 1993年、日本に「Jリーグ」が誕生してから20年もの歳月が流れましたが、時を同じくして、サッカーそのものもまた、大きな変化と進化を遂げてきました。

 20世紀のサッカー、それはグラウンドで光り輝くスーパースターの存在によって美しく彩られてきました。王国ブラジルが生んだサッカー界の“キング”ことペレ、旧西ドイツのフランツ・ベッケンバウアーやオランダのヨハン・クライフ、フランスのミシェル・プラティニ、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナ……おそらくみなさんも、彼らの名前を耳にしたことがあるはずです。後世にその名を語り継がれるほど、彼らはたった1人で試合を決める強烈な「個の力」をもった選手たちでした。

 そんな圧倒的な「個の力」を押さえ込む手段の1つとして、「戦術」は進化の一途をたどりました。それを物語るエピソードは、1980年代後半にイタリアのACミランを率いた

監督アリゴ・サッキが打ち出した革命的な戦術「ゾーンプレス」の誕生秘話に象徴されています。スポーツ誌『Number』(文藝春秋、802号)に掲載されたインタビューで、サッキは次のように語っています。

 「《個と組織の両立》は今でこそ当然のことと考えられているが、両者はサッカーにおいて長い間相反するものとされてきた。私がミランを率いていた時代、イタリアでは《コレクティブ》(組織的)なる概念は皆無だった。(中略)人々は超一流の華麗な技に酔うことこそがサッカーの魅力と考え、だから、勝ち続けられなくてもその理由を追及しようとしなかった。(中略)わずかひとりの《個》の出来に、チームの命運をゆだねられるサッカーでは継続して勝つことはできない。だから私は、1980年代半ば頃から『時代は間もなく変わる』と確信を抱いていた。勝ち続けられるチームが求められ、それを可能にする戦術を時代が求めてくるはずだと考えていたんだ」

 サッキのいう「ひとりの《個》」とは、1986年ワールドカップーメキシコ大会を制したアルゼンチン代表のエースであるマラドーナや、当時のフランス代表キャプテンであるプラティニのことを指しています。グラウンドで圧倒的な「個の力」を発揮する彼らとの1対1の勝負で勝てないなら、1対複数の状況に持ち込めばいい。圧倒的な個の力に対し、整備された戦術や組織の力で挑む。そうした発想の下で戦術化、組織化は加速し、90分間走りつづけるための体力や身体能力、それを有機的に機能させるための状況判断力など「考える力」が求められる時代へと突入したのです。いつしかサッカーは、「個の時代」から[組織の時代]へと移り変わりました。

 もっとも、サッカーはゴールの数を競うスポーツです。相手の圧倒的な「個の力」を封じるために守備の組織を整えるだけでは、ゴールを奪うことはできません。あるいは機能美を追求した組織的な攻撃をつくりあげても、変化に乏しければ、むしろ守備側にとっては対応しやすい。

 そこで必然的に幕を開けたのが、組織を打ち破る強烈な個と、個の力を押さえ込む組織を融合させる新たな時代です。「個の力」と「戦術」を高次元で融合させることは、どんなチームにも共通する現代サッカーの課題となり、近年のサッカー界をリードしてきたバルセロナやスペイン代表、さらに2012-13シーズンのUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)チャンピオンズリーグを制したバイエルン・ミュンヘンは、まさにそれを極めることでビッグタイトルを手にしました。

 時代の変わり目についての意見はさまざまですが、個人的には1994年のワールドカップ・アメリカ大会に、その発端があると考えています。この大会を制したのは、ロマーリオやベベトら圧倒的な「個」を擁しながら、厳格な規律と緻密な戦術で完成度の高い組織を構築したブラジル代表。その中心にいたのは、ボランチのポジションでキャプテンマークを巻くドゥンガでした。

 ワールドカップ・アメリカ大会からわずか1年後の1995年夏、ドゥンガは鳴り物入りでジュビロにやってきました。時を同じくしてサテライト(2軍)からトップチームに昇格した僕は、FWからボランチへのコンバートを言い渡され、現役ブラジル代表キャプテンの肩書きをもつ彼に、このポジションの仕事を叩き込まれることになります。

 現役時代のドゥンガについてご存じの方はすぐ想像できるかと思いますが、毎日のように怒鳴られ、プレーの1つひとつを細かく修正されつづける日々に困惑したのは、いうまでもありません。しかし彼の隣でプレーするうちに、いつしか僕は、グラウンドの中央に位置するボランチの存在感や影響力の大きさ、個と組織を同時に機能させる舵取り役としての重要性を理解するようになりました。だからこそ、僕はサッカーを観るポイントとして「ボランチ」をあげるのです。

 

もう一歩躇み込めば「サッカーの本質」が見えてくる

 

 サッカーの魅力は、誰もが楽しめるシンプルさにあります。

 オフサイドのルールを知らなくても、ゴールの瞬間に興奮することができるし、ポジションやシステム、戦術を知らなくても、グラウンドから伝わる感動を共有することができる。たまたま通りがかった街のグラウンドで、名前すら知らない選手たちがプレーしている姿を見ても、きっと面白いと思えるでしょう。

 ただ、僕は1人でも多くの人に、もう一歩踏み込むことで見えてくる「サッカーの本質」「サッカーの奥深さ」を知ってもらいたいのです。それができればサッカーの“リアル”を体感し、選手の気持ちやテクニックの意味を理解してもらうこともできる。スタジアムやテレビ中継で観るような「俯瞰の目線」に、選手と同じ「グラウンドの目線」を加えることで、たとえその結果が0-0に終わっても、ゲームの流れ、駆け引きの面白さが手にとるように実感できるかもしれません。もしプレーヤーとしての経験がなくとも、いままでとは違う臨場感をもって日本代表や好きなチームのサッカーを観られる。そう考えると少しワクワクしませんか?

 「ボランチ」「戦術」「個の力」――。この3つのうちのどれが欠けても、サッカーの本質や奥深さを理解するのは難しい。僕はそう考えています。ですからこの本では、その理由を丁寧に詳しく、できるだけわかりやすくお話しします。

 

<書籍紹介>

こう観ればサッカーは0-0でも面白い 「戦術」と「個の力」を知的に読み解く

福西崇史 著

元日本代表の解説者は試合中にどこを見ているか。キーワードはボランチ、戦術、個の力。世界最強チームからW杯の展望までを徹底分析。

<著者紹介>

福西崇史

(ふくにし・たかし)

NHKサッカー解説者、元サッカー日本代表

1976年生まれ。愛媛県新居浜市出身。元サッカー日本代表。新居浜工業高校を卒業後、1995年にジュビロ磐田へ加入。日本屈指のボランチとしてJリーグ年間王者3回、アジアクラブ

選手権優勝など磐田の黄金時代を支える。2002年ワールドカップ・日韓大会、2006年同ドイツ大会にも出場。FC東京、東京ヴェルディを経て、2009年1月に現役引退。Jリーグ出場349試合、国際Aマッチ出場64試合。2010年よりNHKのサッカー解説者を務める。

冷静で的確かつ、ときに情熱的な語り口にファンも多い。サッカー教室の開催などサッカーの普及にも尽力。著書に、『ボランチ専門講座』(東邦出版)がある。

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