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数々の失敗を乗り越えた国産ロケット

前間孝則(ノンフィクション・ライター)

2011年04月18日 公開 2017年07月19日 更新

国際競争力を高める「次の手段」

 だが、JAXAも手をこまねいているわけではない。競争力を高める次の手を準備しつつある。

「H-2やH-2Aが採用したシステムは、米国をデファクトスタンダードとした。北緯28.5度にある米ケープカナベラルの発射基地から静止トランスファー軌道に送り込む方式です。ところがこの10年、コマーシャルの世界ではアリアンがデファクトスタンダードとなっている」

 その意味するところはこうだ。アリアン5は北緯4度のギアナ基地から打ち上げるため、赤道上を回る静止衛星の場合にはほぼ最短距離になって、きわめて有利になる。ところが日本は、米国とほぼ同様に北緯30度にある種子島基地から打ち上げる。このため、ロケットでいったんトランスファー軌道に入れてのち、今度は衛星が自力の推進力で静止軌道へと移行する必要がある。それだけ余分に燃料を消費するのでコストは高くなり、衛星の寿命もまたその分だけ短くなって、アリアン5の3分の2ほどになる。その結果、受注競争でも不利になるのだ。「このハンディを解消するため、喫緊の取り組み課題として、H-2A、H-2Bのシステム構成を変える改良をする」と述べる。

 それは、従来のロケットの噴射で達した軌道でいったん静止させて、周回軌道のもっとも遠い距離の地点に来たときに、再度噴射させてから衛星を切り離して静止軌道に送り込む。それにより燃料消費を少なくして衛星の寿命も延ばす。しかも打ち上げる衛星のトン数も5割ほど増やすことができる。「これならば競争力が出てくる」と遠藤は自信のほどを示す。「これは予算がついておらず、プロジェクト化はできていないが、今年の宇宙開発の基本計画の見直しに際しては、産業基盤の強化も含めてまずやらなくてはならない。90億円ほどで実現でき、すでに研究開発の基本的な種々の技術実験は行なっている」と強調する。

 だがこうした高機能化の改良をするにしても、「H-2シリーズは基本計画からほぼ30年がたち、ロケットとして陳腐化してきている。その一方で、需要の多い中型クラスの次世代衛星を効率的に打ち上げられるシステムが必要になってきている」と力説する。

 そこで浮上してくるのが次世代ロケットである。「“H-3”といった呼び方をする向きもあるが、われわれは“H-2Aの発展型”と呼んでいる。すでに三菱重工などとともに研究を進めているが、基本コンセプトはきちっと決まってはいない」。遠藤やその他の情報からすると、H-2シリーズのような2段ロケットではなくて3段式である。

「このロケットの1段エンジンはすでに先行して研究を進めている。H-2Aの2段に使っている、日本が独自に開発したLE5Bの方式を採用しており、(それを3基ほど束ねることで)その推力を10倍くらいにまで高める。デリケートで扱いが難しいH-2AのLE7Aと違って、本質的に安全で使い勝手もよい」

 そして3段目には、将来の有人飛行に向けた狙いが込められている。現在の日本の宇宙計画には有人飛行が明記されているわけではない。有人飛行による月面探査をめざそうとする場合、日本にもっとも足りないのが緊急脱出の技術である。だが打ち上げ失敗時の緊急脱出に、この3段目エンジンが使えるのだ。静止衛星など通常の衛星を打ち上げる際は、下2段を使うことにすれば、現在のH-2Aの打ち上げ費用より2~3割安くできるという。2011年1月29日、JAXAのつくば宇宙センターを玄葉光一郎宇宙開発担当相が視察した。その際、1週間前に2号機の打ち上げに成功した巨大なHTVの実物大模型を見上げつつ、感想を洩らした。「もしかしたらそう遠くないうちに人を宇宙に運べるようになる」。

 そんな言葉もあってか、慎重な言い回しの遠藤が最後に夢を語ってくれた。「私は今年、60歳になります。1976年にNASDAに入り、その後の35年ほど一貫してロケット本体やそのエンジンの開発、打ち上げをやってきました。ロケットは運び屋ですが、でも夢という意味では、やっぱり日本独自の有人飛行をやりたい。それに尽きます。その気になれば取りかかれるはずです。巷では有人飛行には1兆円あるいは2兆円かかるといった話が出ていますが、それは何もかも日本独自でやることを前提にしているからです。これからは国際協力の時代ですから、現実的には国際協同の宇宙ステーションを経由していく方式などを選択すればそんなにはかからない。残念ながら私自身が宇宙飛行士になるのはもう無理ですがね」。

〈文中・敬称略〉

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