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数々の失敗を乗り越えた国産ロケット

前間孝則(ノンフィクション・ライター)

2011年04月18日 公開 2017年07月19日 更新

数々の失敗を乗り越えた国産ロケット

「地に堕ちた成功神話」からの再出発

 純国産の大型ロケット「H-2」の初号機打ち上げ成功からちょうど17年の歳月が流れた。その間JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、3度にわたる苦い打ち上げ失敗の経験をしたが、それらを乗り越えて着実に技術とノウハウを積み上げてきた。その結果、H-2の増強型である「H-2A」および「H-2B」の20回の打ち上げでは95%の成功率と欧米並みになり、信頼性が高まってきた。2011年1月には、国際宇宙ステーション(ISS)への唯一の大型物資の輸送手段となる無人補給機「こうのとり(HTV)」の2号機打ち上げに成功した。あと5機打ち上げる予定だが、こうした実績などを含めて国際的に注目を浴びつつあって、確実に存在感を増してきている。

 ロケット打ち上げは、成功と失敗による明暗が極端なほどはっきりする過酷な分野である。それだけに、その時々の悲喜こもごもの印象深い光景や、それにともなう数々の批判論議が思い起こされる。1994年2月4日、H-2の初の打ち上げ直前。H-2の開発・打ち上げ責任者にインタビューして、成功直後にその内実について「遅れて来たH-2荒波の宇宙に旅立つ」(『科学朝日』)と題するやや辛口の原稿を書いたことがある。

 種子島は欧米の発射基地と比べて狭い。これにより生じる危険を回避するため、H-2はかなりの小型・軽量化をせざるをえなかった。それにともない小型・稠密化を図った第一段エンジン(LE7)は、日本にとって実績はわずかだが高推力を出せる液体酸素、液体水素の燃料を使った二段燃焼サイクルの、野心的で背伸びしたコンセプトを選択した。このためLE7はデリケートで扱いが難しく、トラブルを重ねて成熟させるのに時間を費やしたのである。

 そんな現場の内情を少しは知っていたので、初回の打ち上げに成功したとはいえ、まだまだ「試作品」の段階に等しいことを強く指摘した。この成功に驕ることがないようにとの思いを込めて。ところが、打ち上げ成功に水を差すこの原稿に対して、宇宙開発事業団(NASDA)の幹部からクレームがついた。編集部(私を含む)とのあいだで何度か批判、反批判の応酬があったことを思い出す。

 その後のNASDAは、N-1ロケットから数えてH-2の4号機まで、「連続29回の打ち上げをことごとく成功させた」として、その信頼性の高さを強調した。「信頼性は抜群」といった自信過剰の発言も飛び出すようになった。“成功神話”がいつの間にか独り歩きしはじめていた。

 ところが1998年2月の5号機、続いて翌年11月には8号機(7号機はなし)と連続して打ち上げに失敗した。一転して“成功神話”は地に堕ちた。

 深刻な事態に、広範囲にわたる調査や改善、体制の見直しを行なった。だがこのあと、H-2の性能アップとコストダウンを図ったH-2Aの最終ステージの試験でもまた、H-2と似た重大トラブルが発生した。「H-2失敗の反省が活かされていない」「ほころびが覆い隠せなくなってきた」といったマスコミによる厳しい批判が再び高まった。

 この間、請われてJR東日本会長の山之内秀一郎が、NASDAの改革と立て直しの使命を担うべく理事長に就任していた。マスコミによるH-2批判が最高潮に達していたそんな時期に、率直な発言で知られる山之内理事長にインタビューしたことを思い出す。

 インタビューの取っつき、山之内理事長はとりつく島がないほど激昂していた。「マスコミは、リスクがきわめて高いロケット打ち上げの失敗を許容しない」。その一方で、「打ち上げの『スケジュール優先』を主張する周囲の反対を押し切り、トップダウンで、『打ち上げのスケジュールを後にずらしても、H-2Aの基本的な要素であるポンプの設計変更を行なうべきだ』と押し込んだ」と、「半年延期する」英断を下していたことも語った。そこから垣間みえたものは、明らかに、米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル打ち上げ失敗後の調査レポートでも指摘されていた官僚化の表われといえた。4年後にも、H-2Aの6号機が打ち上げに失敗した。

 ロケット先進国の欧米の例と、H-2およびH-2Aとを見比べるとき、合計10機程度の打ち上げ実績しかない当時は、まさしく「試作段階」でしかなかったのである。冷静に振り返ってみるとき、マスコミもNASDAも、見方がいささかせっかちで近視眼的であった。ともに善し悪しの判断を決め急いだ感は拭えない。
 

問題を顕在化する仕組みをつくれ

 そんな批判の嵐の修羅場をくぐり抜け、信頼性を高めるための改善の指揮を執ってきた“ロケット野郎”と呼ばれる最高責任者の遠藤守JAXA理事に今回インタビューした。JAXAはNASDAの後身となる組織であり、遠藤理事は、打ち上げ能力が3.7t(静止トランスファー軌道)のH-2A、そして約8tにパワーアップしたH-2Bの開発のコンセプトを固めるうえでも、中心的な役割を果たしてきた。

「今回のH-2Bの打ち上げ成功で、H-2Aから数えて95%の成功率となり、対外的に高い評価が得られるようになってきました。でも、打ち上げの回数からすれば欧米諸国と比べてひと桁少なくて、まだまだH-2シリーズは初期段階ということです」

 最近のマスコミはJAXAを持ち上げる論調が目立ってきた。だが、何度も苦汁を味わってきた遠藤はそんな見方に安易に乗ることなく、至って醒めた口調で語った。

「何か派手な隠し球の策があったわけではなく、地味な努力と改善の積み上げが、いまの高い信頼性につながっている。失敗したH-2A6号機の原因は、本質的にはもともと内在していた問題で、われわれがそこまで掘り下げて十分に問題を認識できていなかった。リスクをリスクとして認識していなかったところが問題でした」

 その反省として取り組んだ一例を語った。「問題を顕在化する仕組みを、組織や審査体系としてきちっとつくって事を進めていく。また一人ひとりの能力や経験のポテンシャルが上がらないと、洞察力なども上がってこない。おかしいと思ったときに声を挙げられるよう、プロセスのなかにちゃんと仕組んでいくことにしました」。そのために、「経験豊かなシニアの知識や経験をちゃんと活かして組織のなかでうまく活用することも進めてきた」。

 それとは別に、H-2Aの各部分を担当する各社の秘密主義から起こった、相互のインターフェースなどでの問題発生もあった。このため2007年の民間移管時に、プライムの三菱重工一社が責任をもって全体をまとめ、権限も与えて他社をチェックできる体制をとった。

「事前に各社から意見を吸い上げて、(秘密主義を取っ払うなどの)各社が納得できるいろいろな取り決めを行なったが、それがうまくいった。H-2Aの技術はかなり成熟してきて、運用面ではわりと安心してみていられるレベルまで達してきたかと思う。でも、この状態は、ものすごく努力をしないと維持できない。そのことを各界に訴えてはいるが、なかなかストレートには理解されていない」

 その反面、新たに別のリスクが発生していると指摘する。「従来からの部品が手に入らなくなってきて、設計変更を余儀なくされることが次々と起こってきている」。

 その背景には、H-2シリーズのロケット打ち上げがせいぜい年に1機、多くても3機程度であることがある。部品メーカー側にも台所事情がある。“選択と集中”が迫られるこの厳しい時代に、「数が少なくて伸びが期待できないロケット部品の生産は続けられない」というのである。

「その意味では、宇宙関係の産業基盤を維持できるような規模をどうやってつくっていくかが国レベルとしても非常に重要になっている」と遠藤は強調する。

 2008年5月に悲願の「宇宙基本法」が成立して宇宙開発戦略本部も設立された。翌年6月には宇宙基本計画が策定されて、政府はH-2Aなどのロケットを「国家基幹技術」と指定し、景気のいい数字も並べられた。「衛星の打ち上げ回数を倍増して5年間に34機」「官民合わせて最大2.5兆円の資金が必要」などである。

 宇宙関係者は「これが実施されると行けるぞ」と大いに期待を滲ませた。ところが、この過程で積極的に動いた民主党は、政権を取ると掌を返したように態度を翻した。例によって「財源不足」から「とても無理」となった。先の数字はどこかに吹っ飛んで空手形になった。「現民主党政権は計画の見直しを言明している」と遠藤は語る。先の最大2.5兆円からすると年5,000億円の計算になるが、新年度の予算案は3,100億円にとどまっている。

 このため国としては宇宙開発戦略本部の専門調査会において、今年7月をめどに宇宙政策の推進体制の方針をあらためてまとめるとして議論が始まった。中心となるのは、同調査会のメンバーで、歯に衣を着せぬ言動で知られる松井孝典・千葉工業大学惑星探査研究センター所長である。これまで松井は「今までと同じ予算で従来通りに進めていくだけなら成果が見えにくいし、どれも世界で2流にしかなれない」「大きな予算に見合った成果は出ていないと考えざるを得ない」(『日経産業新聞』2010年3月23日付)といった厳しい発言も口にしている。それだけに、JAXAの幹部らは、不安と期待を交錯させながら調査会の行方を見守っている。

 そんな現状を踏まえて遠藤は語る。「単純にいうと、国の予算にだけ頼っていては産業基盤が維持できないということです。となると他の方策を考える必要がある」。それは国外需要の掘り起こしであり、民間需要の開拓である。

 その点でJAXAは「親方日の丸」に安住してきたことは否めない。いつまでたっても「宇宙開発」の次元にとどまっている。円高による逆風も加わって打ち上げ費用は、商業衛星の5割を占める欧州のアリアン5の70億円から80億円に対して、H-2Aは80億円から120億円と割高である。このため、実績の少なさも含めて競争力は弱い。

 また、現在のままではコスト低減も限界に近づきつつある。海外からの受注は、2011年度に打ち上げ予定の韓国政府の衛星1機でしかない。「年間、1、2機を民需から受注して補完できれば、産業的な基盤としてかなり安定して、しかもコストダウンにもつながるのだが……」と遠藤は思いを滲ませる。ビジネスの観点からの努力を後回しにしてきたツケが、いま足を引っ張っている。

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国際競争力を高める「次の手段」

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