変化を促すには、まずは絶対視している現状に揺らぎを与えること
2011年04月26日 公開 2024年12月16日 更新
3つのステップで、"ピッチャーの投球フォーム"を変える
野球部に、球速が速く、とても期待されるピッチャーがいた。しかしコントロールが今ひとつで、試合での成績が伸び悩んでいるとしよう。監督からすれば当然、コントロールが安定するように、ピッチングフォームの改善をすべきと勧めるが、本人は球速が落ちるのではないかと心配し、フォームを変えたくないという。
そこで監督は、彼の現状のフォームへの執着に揺らぎを与えるため、フォームを変えてコントロールが安定し、かつ球速も落ちなかった選手の事例や、彼とは違うフォームで投げる速球ピッチャーの存在を調べて事例として彼に提示した。
「今のフォームだけが球速を生む」わけではないことを示したのだ。またスポーツ理論に基づいて筋肉の動きとコントロールの関係を説明し、今のフォームのままでは将来的には限界がくることも伝えた。
長期的な視野に立つと現状のフォームで投げ続けることは自分にとっての最善ではないことに気づき、それ以外のフォームの検討をするようになる。これが「アンフリーズ」のステップである。
ここに至り、ようやく「チェンジ」のステップに進むことができる状況が整った。ピッチャーにとって、フォームの変更は肉体的にも精神的にもかなり負担が大きい。
そこで「チェンジ」のステップでは、監督は彼の変化への意欲を促進させるためにいくつかの支援をした。本人の体格や肩の強さから可能性のあるフォームをいくつか提示し、本人の意思で最終的に決定させるようにした。
そのフォームで投げる理想的なピッチャーを、目標として提示した。かつて同じようにフォームを変更して、勝利投手の常連となった先輩と話す機会を設けた。フォームの変更に失敗しても、彼のその稀有な野球センスまで失われるわけではなく何度でも挑戦できることを伝え、心理的な安心感を醸成した…。
これらが奏功して、このピッチャーは思い切ってフォームの変更に取り組むことができた。しかし変更したフォームは、それほどすぐに安定するものではない。
そのピッチャーは調子が悪いと「以前のほうがよかったのではないか」と迷いを口にした。しかし、監督からすれば、もう少し練習をすれば確実にそのフォームが彼のものになることも理解していた。
そこで、その変化が正しいと確信させるために「リフリーズ」のステップに入った。監督は毎回の練習終了後のミーティングで、コントロール力が徐々に向上してきたことや、そのために彼が行っている懸命の努力をチーム全員に紹介しては褒めた。
そして本人からは「いつまでに」このフォームを完成させ「どれくらいの」勝率を目指すのかをみんなに宣言させた。監督はさらに、宣言が実現できるよう必ず週に一回は彼のフォームをチェックし、変更したフォームがまた戻ってしまっていないか、フィードバックする機会を設けた。こうして彼のフォームは定着し、試合での勝率はぐんと上がっていった…。
この例でいえば、監督は強制的に「このフォームに変えろ」ということもできるだろう。しかしそれでは本人は反発すら覚え、自己防衛のために監督の意見に耳を傾けないこともあり得る。
そうなればもちろん変化へのモチベーションは生まれない。そしてそのような心理的状態で強制的にフォーム変更のための練習をさせたとしても、変化のスピードは遅く、ともすると続かず失敗に陥る可能性もある。
仕事においても同じだ。自分のやり方である程度成果を出してきた人ほど、そのスタイルに固執する。だからこそ、本人のそれまでのやり方を認め、しかし「そのやり方だけがすべてではない」と相対化してやることから始めるほうが、遠回りのようで実は効率的・効果的だ。
もちろん、この方法は時間がかかる。今、目の前の失敗をリカバーするために、今月の目標をクリアするために…と、急いで変化させなければならないときには向かない方法であるのも事実だ。
そうした場合には、強権を発動することも必要になる。しかし、より本質的で自発的な変化を望むのであればこの3つのステップが重要であることを、まずはご理解いただきたい。
【PROFILE】小笹芳央(おざさ よしひさ)
1961年、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、(株)リクルート入社。
2000年、(株)リンクアンドモチベーションを設立、同社代表取締役社長就任。気鋭の企業変革コンサルタントとして注目を集め、モチベーションエンジニアリングという同社の基幹技術を確立させ、幅広い業界からその実効性が支持されている。経営者としても、創業から8年で同社を東証一部に上場させた手腕には定評があり、講演会やテレビ(フジテレビ「とくダネ!」、テレビ東京「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」他)・ラジオ出演でも人気を博している。