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最強囲碁AIを攻略した"筋の悪い一手"とは? プロ棋士・一力遼が明かすAI時代の思考法

一力 遼(プロ囲碁棋士)

2026年01月27日 公開

最強囲碁AIを攻略した"筋の悪い一手"とは? プロ棋士・一力遼が明かすAI時代の思考法

2016年にアルファ碁が登場して以降、ディープラーニングの手法を取り入れたAIが世界各国で登場し、囲碁界は変革期を迎えました。その年末にはネット上にアルファ碁を改良した「マスター」というAIが現れ、人間のトップ棋士相手に60戦無敗という離れ業を成し遂げました。

一方で2023年、アメリカのアマチュアが最強クラスのAI相手に15戦14勝と圧勝したという出来事がありました。彼はあえて悪手を打ち、AIが未経験で正常な判断ができないような局面に誘導することで、AIの弱点を突くことに成功しました。人間相手には全く意味がない手法でも、AIに対しては抜群の効果を発揮しました。

人間より強いAIでも、囲碁の真理を解明するには程遠いと言えるのかも知れません。

本稿では、プロ囲碁棋士の一力遼氏に囲碁の世界から見たAIと人間の関係性について、解説して頂きます。

※本稿は『AI時代の最善手』(PHP研究所)より一部を抜粋・再構成したものです。

 

「AI超え」とは

将棋の藤井聡太さんが、ある局面でAIの示す最善より良い手を指し、「AI超えの一手」だと注目を集めることがありました。囲碁でも、特定の状況下でAIを上回る(AIが思いつかない手を打って評価値が上がる)ケースがあります。私にも「AI超え」の手を打った局面は何度かあり、その具体例を2つ紹介します。

① 図1は、第10回応氏杯決勝第1局で現れた局面です。私の黒番で、1、3と打った手が「AI超え」になりました。当初は1で他の図を考えていましたが、この局面で持ち時間を30分ほど投入して実戦の打ち方を思いつきました。

応氏杯第1局の棋譜

特に3手目は、通常は効率が低く「筋が悪い」手法とされており、良くなるケースはほとんどないのですが、この局面では相手の出方を伺う最善手となり、この手を発見したことが勝利を手繰り寄せることができた一番の要因になりました。

1を打つ前、最強のAI「絶芸」は他の手を推奨し、黒80%ほどの勝率を示していました。高い数字にも思えますが、実は一手のミスが即負けにつながるほど、勝負を分ける緊迫した局面でした。絶芸も当初は1、3のコンビネーションを見つけられず、3と打った後に黒の評価値は急上昇。数手後には黒98%と勝勢になり、最後までそのリードを保って逃げ切りました。この対局はNHKの『クローズアップ現代』で取り上げられたということもあり、私にとっても強く印象に残っている場面です。

② 特定の図を深く読んでいく過程で、人間がAIを上回ることがあります。例えば30手先まで読んで勝ちだと判断して打った場合、その手を打った瞬間はAIの評価値が一時的に下がることがあります。しかし、読み通りに図を進めていくと数字が徐々に上昇(回復)していき、最終的には元の場面より高い数値になるというケースが往々にして存在します。30手先まで読んだ過程の中で、どこか一か所でもAIが発見しづらい手があると、AIは正しい判断ができず、AIがその手を見つけた時点で評価値が突然上がるのです。

第50期天元戦第1局の棋譜

その代表例としては、第50期天元戦第1局が挙げられます。私の白番で、図2の1と私が打った瞬間、「絶芸」が示す白の勝率は73.3%から39.6%にまで落ちてしまいました。しかし、その後黒が12と打った局面で82.8%に上がり逆転。最終的には勝利を収めることができました。

もし、黒が12でAIが示す最有力候補に打っていたらどうなっていたか?実はそのコースも白勝ちだったのです。この手を打つ前に約70%あった黒の勝率は、そこから25手先に白から良い手があることに徐々に気づき、最後まで石を置いてみると1%まで落ちてしまいます。白1の効果は、35手以上進んだ局面でやっと現れたのです。

1に打った石の働きにより、それが無いと取られてしまう石を助けるのと同時に、相手の石を取ることができるという起死回生の一手となりましたが、AIはかなり先に進むまでその手の意図に気づくことができませんでした。その一方で、対局をリアルタイムで解説していたプロ棋士は早い段階で意図を察し、黒の勝率が高い場面でも白が有利だと正確に判断していたという、人間がAIを上回る局面もあることが浮き彫りになった対局でした。

AI社会の今後

近年、チャットGPTをはじめとする生成AIの利用が急速に拡大し、さまざまな分野に多大な影響を与えています。あらゆる物事に対して瞬時に答えを与えてくれるため非常に便利なツールですが、使い方には細心の注意を払う必要があります。

最近、ある大学の授業において、教員が課題レポートの回答に生成AIを使用したかどうかを見破るトリックを仕掛け、相当数の学生が授業とは関係のない内容の回答を提出したことが話題となりました。これは生成AIの情報を安易に取り入れることへの注意喚起で、今後さらに進行するであろうAI社会に警鐘を鳴らした出来事だと感じました。

これまで説明してきたように、囲碁の世界では人間を超えるAIが現れてから、対決の時代を経て、今では共存する段階に移行しました。AIが優れている部分は取り入れつつも、本当にそれが正しいのか、自分の能力で使いこなせる打ち方なのかを常に自分の頭で考え、判断する必要があります。そして、判断するためには、自分にも相応な知識と判断力が必要になるのです。

AIを上手く取り入れて成功している棋士の代表として、現在の世界最強棋士である韓国の申眞諝九段が挙げられます。2000年生まれの申九段はAIが登場する前から非常に強かったのですが、AIを活用することによりさらなる進化を遂げました。

彼の勝ちパターンで多いのは、布石でリードを奪い、少しずつ差を広げながら最後まで押し切る展開です。これはAIと人間が対戦する際にAIの勝ちパターンとしてよくある展開なので、AIを彷彿とさせる強さとも言えます。彼の特徴としては、いろいろな布石に対してAIを用いて深く研究しているだけでなく、自分の得意なパターンに持ち込む能力が高いという印象があります。

AIが示す手は、時に人間の感覚とは相容れないことがあります。「AIはこの手を高く評価しているけれど、人間的にはこれまでの流れから今ここに打つのは違和感がある」といったケースです。実際、布石でAIが示す最善手を覚えて打ったとしても、囲碁の場合はどこかで必ず未知の局面が現れるため、途中で間違えてしまうと一気に形勢を悪化させてしまうことも珍しくありません。

申九段は、AIが示す候補手を取捨選択し、自分の感覚で取り入れられる範囲で実践することにより、AIと自分の長所を融合させました。「AIは最善だと考えるが、人間にとってはその後の打ち方が難しい60%」よりも、「AIにとっては第3候補でも、人間的には後の構想を立てやすい55%」を選んで自分の得意パターンに持ち込むことが、結果として勝ちにつながることが多いのです。

このように、成功を収めるためにはAIとの適切な距離感をつかむことが必要になります。また、囲碁AIと同様に、チャットGPTなども常に完璧な回答をするわけではありません。AIに「依存」するのではなく、人間とAIが足りない部分を「補完」し合う関係になるのが望ましいのではないでしょうか。

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