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吉田調書の「真実」――現場は何と闘ったのか

門田隆将(ノンフィクション作家)

2014年11月21日 公開 2014年11月21日 更新

 

足を引っ張る「官邸」と「本店」

 さらに、調書にはこんなやりとりもある。

――ここで一応、言っているところを見ると、小森さんが官邸の武黒さんにいろいろ情報などを連絡入れていたんですか。

吉田 だから、これ、2段やっているんですね。本店の本部と官邸の連絡ラインが勿論あって、これは本来のラインなわけですね。連絡をすれば。そこに何かわけわからず、現場との連絡ラインができてしまっているから、私に指示が来るんですけれども、本来は本店本部なりを通して、保安院を通してくるべき話が、こう来てしまっているから、こう来たり、こう来たりするわけです。だから、どういう状況で、時間が変わりますから、多分、官邸の中でもいろいろ議論をやっているんだと思うんですけれども、こっちから見ると全然わからないんです。

――官邸から下りてくるときは、本店ルートと直ルートがあって、こういう場合はこことかいうことでもないんですか。

吉田 ないんです。さっきの海水注入から淡水入れろという話も、本来、私に電話してくるというよりは、本店にどうなんだという話をして、こちらからこんな状況ですという話にすればいいんですけれども、こっちに来てしまっていますから、結構重く受け止めて、今、全く真水がゼロというわけではないから、できる範囲でやりましょうと、こういう形で言っているんです。それを逆に本店に伝えて、官邸から今、真水優先という話があったんで、それで動くよということを本店に伝えているという状況なんですね。

――この3号の注水関係については、もうすべて現場と官邸で直でやっているというわけでもなくて、最初の入口のところはそうなっていたけれども、その後は本店が報告をしてみたいな話になっているんですね。自分たちは状況がわからないから、いろいろ聞いてやる。ただ、本来は、本店を通じてやるというのが正規の予定していたやり方であってですね。

吉田 そうです。あり得ないですよ。官邸と現場がつながるということ自体が本来あり得ないですよね。

――官邸も、緊急参集チームからというんだったらまだわかるんですけれども、現場対応が必要だということですね。

(中略)

――これは本店にかかってきて、本店から回されるという感じなんですか。

吉田 そうです。大体そういうルートで、■■に、固定電話の方に本店経由でかかってくる。

――菅さんからの電話というのは、質問みたいな感じ。こうしろとかいう意味ではなくて。

吉田 そうですね。菅さんから直接こうしろという指示をもらったことはないです。どちらかというと質問で、今、自分はこういうことを考えているけれどもとか、さっきの水素爆発で、こういう事象はどういうこととか、主として質問ですね。

 細野さんとは何回もやりとりしているんですけれども、細野さんには、こちらから電話するときは、現場の状況ですね。先ほどの3号機の爆発もそうですけれども、今、こうなっていますとか、ちょっとトランジェントがあったときに、こんな状況ですということを、こちらから現場の状況を、勿論、テレビ会議でも発話するんですけれども、発話した後、こんなふうになっていますというお話をすると。向こうからもやはり質問ですね。向こうで議論していて、現場がどうだとかという話になったときに、そこはどうなんですかとか、どれぐらい余裕があるんですかとか、その辺の質問が多かった。これが結構ヒントが多かったんで、どのタイミングか覚えていないんですけれども、いずれにしても、細野さんからも指示はなかったです。

 日本の半分を壊滅させかねない危機を回避するために、恐怖をねじふせて奮闘している現場にかかってきた「本店」と「官邸」からの電話。吉田氏をわずらわせたこれらの電話には、どんな意味があったのだろうか。調書には、「官邸」と「本店」がどういうつもりで吉田氏に連絡を入れていたのかについて、さらに興味深い発言がある。聴取にあたった質問者が当時の官邸の状況を吉田氏に伝え、吉田氏がそれに答えている場面である。

――どうも官邸の中で勉強会みたいなものを開いて、菅さんはほとんどいなかったらしいんですね。細野さんとか海江田さんとかが勉強がてらいて、そこに班目さんとか、いろんな人たちが集まって、1号機に水を入れたら、次に3と2、両方入れるべきではないかとか、ああだこうだと、みんなでやっているらしいんですね。その中で、現場はどうなっているんだというので、入ってくる情報で足りないときとかに、ちょっと電話してみればみたいな話になると所長のところへ電話するのが、たとえば武黒さんであったり、■■さんだったり、場合によっては細野さんだったりというので、議論の途中にやって、どちらかというと、みんなで勉強会というか、そんな感じだったらしいんですよ。それで、班目さんから連絡があったというのがありましたね。

吉田 それは2号機のときですね。

――2号機のとき。あれもその一環で、班目さんは強硬に、こうすべきだみたいな話をされていて、その中でそういう電話が所長のところに、所長からすると迷惑な話なんでしょうけれども、官邸で総理以下の指示がぼーんと決まって、これで行けとか、そんな感じではなかったみたいですね。

吉田 勉強会だったんですね。

――いざ聞いてみると、みんなそういうふうに言うんですね。別に司令塔ということではないですよということ。

吉田 しかし、何をもってこの国は動いていくんですかね。面白い国ですね。

――武黒さんたちも同様の話をしますし、保安院の人間も、審議官とか、次長だとか、参加された人がいて、その辺の人たちも同様の話なんですね。だから、それは間違いないのかなという感じがしていて、要するに、彼らがそういうふうに言うことによって、現場がどれだけそれを重くとらえるかというところまで考えていないんですよ。単に自分たちの理解を深めるために聞いたことが、官邸がこう動いているんではないかというのを、本店の方でもそう感じ取る。本店もわからないらしいので、本店も官邸で総理以下がそういう指示を出しているんだというふうにとらえてしまうらしいんですね。それで、当然、現場、本店も含めて、事業者側が混乱してしまうような原因をつくってしまっている。どうもそういう経緯みたいですね。
 

 前章(第8章「全員撤退」問題の決着)で見た政治家たちの証言と併せて読むと、いたたまれなくなる記述である。吉田氏の最後の聴取となった2011年11月6日の調書の中に残されている会話だ。

 「勉強会という感じだった」「別に司令塔ではない」―これまでさまざまな関係者から聴取してきた政府事故調の関係者にとって、それはあまりにもお粗末なこの国の「真実」に対する感想と本音ではなかっただろうか。

 「しかし、何をもってこの国は動いていくんですかね。面白い国ですね」

 それに対して、吉田氏は最後の聴取で、そんな感想を洩らしていたのである。

 吉田氏の絶望にも似た虚しさが、この言葉から静かに伝わってくる。

 

<著者紹介>

門田隆将

(かどた・りゅうしょう)

ジャーナリスト

1958(昭和33)年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。雑誌メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなどの幅広いジャンルで活躍している。
著書に『なぜ君は絶望と闘えたのか- 本村洋の3300日』(新潮文庫)、『あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか』(新潮社)、『甲子園への遺言』(講談社文庫)、『神宮の奇跡』(講談社)、『康子十九歳 戦渦の日記』(文藝春秋)、『甲子園の奇跡 斎藤佑樹と早実百年物語』(講談社文庫)、『屋根のかなたに 父と息子の日航機墜落事故』(小学館文庫)、『太平洋戦争 最後の証言(第1部~第3部)』(小学館)などがある。 『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)で、第19回 山本七平賞 受賞。

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