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小池百合子 日本を救う「無電柱革命」



2016年08月11日 公開

PHP新書『無電柱革命』より

電柱とは「とりあえず」立てるもの

 では、「地震国だから地中化は不向き」とは、どこまでが真実なのだろうか。冷静に、客観的にその「すり込み」を見直す必要はないか。台風の場合はどうか、冬の着氷による停電はどうか。真に強靭な国土とするには、これらを再確認する必要があるだろう。

 ガス管はどうだろう。2015年、カザフスタンのアルマティーを訪れた時、空を横切るガス管が縦横に走っているのを見て驚いた。私が驚く姿に、カザフの人が驚いていた。ところ変われば、である。

 阪神・淡路大震災の後、「なぜ、ガス管は地中で、電力線は空中なのですか」と、あえて素朴な質問を事業者に投げかけた。「だから、阪神・淡路大震災でもガスの復旧が遅れたのですよ」と次元の異なる返答に面食らったのを思い出す。

 確かに架空式の電柱の場合、復旧のスピードは速い。

 だから、「平時もずっと電柱でがまんせよ」とはならないだろう。

 電柱の英語表記にはUtility poles、Electric polesの他、Temporary polesとある。テンポラリー、つまり仮設ということだ。だから、地震や津波などで被害を受けた場合の応急措置として電柱を立てることはありうる。「とりあえず電柱」「仮設電柱」とでも言おうか。戦後復興の要である電力供給を急ぐため、手っ取り早く電柱を立てるうち、それが日常生活に溶け込んでいったというのが日本の実情だろう。電柱だらけの街並みこそ、「日本の原風景」とする人々は数多い。散歩の犬が困る、スズメの居場所がなくなると茶化す人も多い。電柱広告、住所表示をどうするかといった課題があるのも事実だ。

 

「まるでインドのようだ」

 『ニッポン景観論』(集英社新書、2014年)の著者である東洋文化研究家アレックス・カー氏も電柱だらけの日本を嘆く一人だ。彼のもとに訪日した友人たちは、電柱だらけの日本の景観に驚き、「まるでインドのようだ」と表現したという。

 いや、インド人もびっくりするに違いない。

 2020年にオリンピック・パラリンピックのホスト国として、首都東京に世界からの訪問客を迎えようとしているのに、このままではいけない。「オリンピックのマラソンコースの周りだけ整備すればよい」との声もあるが、無電柱化はオリンピックのためだけではない。日本の問題である。沖縄や奄美などの台風銀座からも、台風のたびごとに電柱が倒壊し、「早期に無電柱化を」との声が上がっている。また京都の祇園祭や博多どんたく、岸和田のだんじりなど、高さのある山車系の祭が盛んな地からも、「山車を電線に合わせて、低くした」「山車の通り道だけ整備した」との話も聞く。

 なによりも、1億2,000万人の毎日の安全な通行を確保し、防災への備えを進める必要がある。バリアフリーはお題目だけではいけない。

 

「無電柱化推進法案」をまとめる

 松原隆一郎教授との出会いはその著書『失われた景観』(PHP新書、2002年)をむさぼるように読んだことから始まる。10年ほど前、長年続いている財界人との読書会の課題図書としてであった。選者はメンバーの一人、トヨタ自動車の奥田碩会長(当時)だった。長年、電柱問題に関心を抱き、1985年のプラザ合意に伴う円高で、電力会社が個々の利用者に薄く広く差益還元すると決まった際には、「無電柱化費用に充てて、社会資本の充実に努めるべき」と発言してきた私にとって、理論的、技術的に解き明かす松原教授の著書には大いに触発された。特に1880年代のニューヨークの風景(ブロードウェイとジョンストリートの交差点)を描いた左の銅版画には目を見張った。整然とした街並みで知られるマンハッタンも当時は電柱が林立し、松原教授の言うところの「電線病」、いわゆる「蜘蛛の巣」状態であったことを知ったからだ。逆に言うならば、日本の「電線病」も治癒の可能性があるわけだし、それが政治、行政の役割だと自覚するに至った。

 意を強くし、2009年、自民党と公明党の有志による議員連盟「電柱の林を並木道に変える議員連盟」を立ち上げ、有識者、事業者とともに勉強を開始した。会長は「美しい国」を標榜してきた安倍晋三前総理(当時)にお願いした。この年、世界を金融危機に陥れたリーマンショックの対策としても、社会資本形成と内需拡大、雇用確保のあらゆる面で有効と考えたからだ。

 ところが、設立間もない議員連盟は自民党の野党転落とともに、開店休業へ。

 3年3カ月後の政権復帰とともに、「無電柱化推進議員連盟」に看板を替え、再開することとなった。さらに2014年には自民党政務調査会のITS推進・道路調査会に「無電柱化小委員会」として正式な党の機関に位置づけられ、今日に至っている。その間、国土交通省をはじめとする関係省庁、電力、通信事業者、地方自治体関係者、無電柱化を進めた各地の団体などから数々のヒアリングを重ね、2015年には「無電柱化推進法案」を議員立法としてまとめることができた。

 法案の肝は「新規の電柱は立てない」こと。ノーモア電柱である。

 無電柱化を「遅々として進める」一方、新たな電柱をどんどん設置し続ける現状が続けば、何をしているのかわからないからだ。

 ここは、いったん電柱とオサラバする覚悟が必要である。

 最大のネックであるコスト問題には工事の工夫や技術開発で縮減を進めることを盛り込んだ。電線は世界標準ともいえる直接埋設方式の導入を可能とし、低コスト化を実現する。詳細は第3章で述べる。

 一方、無電柱化推進に欠かすことのできない電柱への国民の関心を高めるため、議員連盟の動きと連動し、民間の方々による民間プロジェクトが立ち上がった。会長には画家の絹谷幸二東京芸術大学名誉教授、幹事長として松原教授が就任し、議員連盟などと連携しながら、各地で様々なイベントも展開している。

 無電柱化を進めるエネルギーは国民の共感だ。「遅々として、進んできた」無電柱化の背景には、美観を確保する前に、「私の家、店の前に無愛想な地上機器(トランス)を置くな」「工事中の営業損失は誰が埋めてくれるのか」と総論賛成・各論反対の世論が立ちはだかる。

 

政策には大義と共感が必要

 2005年、環境大臣としてクールビズに挑戦した頃を思い出す。

 地球温暖化対策には国民運動が不可欠として、もっとも身近なファッションに着目したものの、当初は「みっともない」「上司に睨まれる」「顧客に失礼」「仕事にならない」とネガティブな理由のオンパレードだった。しかし、財界は先述の奥田碩経団連会長(当時)、行政は小泉純一郎総理(当時)のツートップに音頭を取っていただき、日本中一斉に始めることで「涼しい」「ラク」「温暖化対策に貢献」とポジティブな流れに急激に変わった。

 クールビズ開始から10年が経過し、夏の軽装はすっかり定着した。

 なにごとも制度改革、技術革新に加え、意識改革の3点セットが必要なのだ。

 私は常々、政策には大義が必要だが、国民の共感なくしては大義も達成できないと考えている。クールビズの大義は「地球温暖化対策」、共感は人々の「暑さ、苦しさからの解放」だ。一方、無電柱化の大義はこれまで「景観問題」に絞られがちだったが、むしろ「防災・安全な通行の確保」を挙げたい。共感は「安全、安心、広々感、美しさ」だろうか。

 無電柱化推進に向け、政治の側から解決策を描き、行政、事業者、国民が三位一体となって、国民の安全な通行の確保、防災、美しい景観の確保を進めたいと心から願っている。

<著者紹介>

小池百合子(こいけ・ゆりこ)
衆議院議員
1952年兵庫県芦屋市生まれ。カイロ大学社会学科卒業。アラビア語通訳を務め「ワールドビジネスサテライト」などでキャスターとして活躍。92年政界に転身、環境大臣、女性初の防衛大臣などを歴任。「クールビズ」の仕掛け人となる。現在、「無電柱化小委員会」委員長。著書に『女子の本懐』(文春新書)など。



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