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なぜ、知能の高い人はクラシック音楽を好むのか?

サトシ・カナザワ(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス准教授),〔訳〕金井啓太

2015年09月29日 公開 2023年03月31日 更新

サトシ・カナザワ

知能と音楽の好み

 これまでに、2つの大規模な国家レベルの統計調査で、回答者の音楽の好みを調べたことがある。1つは、本書で何度も登場しているGSS。もう1つは「イギリスコホート研究」(BCS)というもの。BCSは、NCDSとよく似ており、実際NCDSをモデルに作られている。NCDSと同様、BCSも、1970年4月のある週に生まれたイギリス中の赤ん坊を全員、調査対象とし、以来定期的に追跡調査をしている。1986年、回答者が16歳の時点で、よく聴く音楽の種類について一連の質問をした。

 まずはGSSのほうから説明しよう。1993年の調査で、18種類の音楽について回答者の好みを調べている。その内訳は、「ビッグバンド」「ブルーグラス」「カントリーミュージック」「ブルース/R&B」「ブロードウェー・ミュージカル」「クラシック」「フォーク」「ゴスペル」「ジャズ」「ラテン」「イージーリスニング」「ニューエイジ」「オペラ」「ラップ」「レゲエ」「現代ロック」「オールディーズ」「ヘビーメタル」であった。

 1つの音楽ジャンル全体を、人の声のみの音楽と、楽器演奏のみの音楽のどちらかに分類することは難しいが、それを承知のうえで、「ビッグバンド」「クラシック」「イージーリスニング(いわゆる“エレベーター・ミュージック”)」の3つは楽器中心の音楽と見なし、その他のものは、主に人の声による音楽に分類した。

 ジャズは難しいケースである。ジャズはたいてい楽器だけで演奏するからだ。しかし過去の研究によれば、知能の高い人ほどジャズを好む傾向がある。そこで私は、あえてジャズを楽器中心の音楽とせず、主に人の声による音楽として扱うことにした。つまり、「保守的な分類」をしたわけだ。そのほうが私にとっては、知能の高い人ほど楽器演奏による音楽を好むことを証明しにくくなる。統計分析では常に、リベラルであるより保守的であるほうがいいのだ。

 いずれにせよ、既成の音楽ジャンルの中で、人の声による音楽がこれほど多数を占めていること自体が、音楽の進化上の起源が歌であることを証明しているように思える。

 さらに、BCSの1986年の追跡調査では、12種類の音楽に対する好みを回答者に尋ねている。その内訳は「クラシック」「ライトミュージック」「フォークミュージック」「ディスコ」「レゲエ」「ソウル」「ヘビーロック」「ファンク」「電子音楽」「パンク」「他のホップミュージック」「その他」である。

 この中で私は、「クラシック」と「ライトミュージック(イージーリスニングや“エレベーター・ミュージック”に相当)」を、楽器中心の音楽と見なし、残りのものを、主に人の声による音楽に分類した。

 BCSの1986年の追跡調査ではさらに、ティーンエイジャーのテレビ視聴習慣についても調査している。具体的には22種類のテレビ番組についてそれぞれ視るかどうか尋ねている。その22種類のうち2つは音楽に関する番組である(「ホップブロック」と「クラシック」)。そこで私は、音楽番組の視聴と、一般知能との間に関係があるかも調べた。

 GSSとBCS、これら2つの調査は、違う国で違う年代に行なわれたものだが、どちらのデータも知能のパラドックスから導かれる予想を裏づけてくれた。

 アメリカで行なわれたGSSでは、関連要因(年齢、人種、性別、教育水準、世帯所得、宗教、現在結婚しているか、過去に結婚したことがあるか、子供の数)の影響を取り除いたうえで、知能の高い人ほど、楽器中心の音楽(ビッグバンド、クラシック、イージーリスニング)を好む傾向が認められた。一方、人の声による音楽を好むかどうかは知能と関連がなかった。

 さらに、楽器演奏による音楽の好みと人の声による音楽の好みとの差を求めたところ(前者の好みの平均値から後者の好みの平均値を差し引いて計算)、その値は知能と優位な関連が見られた。つまりGSSの回答者では、知能が高くなるほど、この2種類の音楽の好みの差が大きくなった。

 イギリスで行なわれたBCSの1986年の追跡調査でも、まったく同じ結果が出ている。学業成績(回答者は当時まだ学校に通っていた)、性別、人種、宗教、世帯所得、母親の学歴、父親の学歴といった要因の影響を取り除くと、イギリスのティーンエイジャーでは知能が高い人ほど、楽器中心の音楽(クラシックとライトミュージック)を好む傾向がある。一方、人の声による音楽の好みについては知能との関連は見られなかった。

 さらに、「楽器演奏による音楽」と「人の声による音楽」との好みの差と、知能との間にも優位な関連がある。BCSの回答者でも、知能が高くなるほど、この2種類の音楽の間で好みの差が大きくなった。

 前に述べたのと同じ要因の影響を除いた場合、BCSの回答者では、知能が高い人ほどクラシック関連のテレビ番組をよく視る。一般に、知能の高い人ほどテレビを視ない傾向が強いにもかかわらず、である。反対に、知能の高い人ほどホップ/ロック関連のテレビ番組を視ない傾向にある。したがって、この2種類の音楽に関するテレビ番組の視聴頻度の差と、知能との間には非常に強い関連がある。

 GSSの回答者に見られるクラシックの好みと知能との関連をグラフにまとめた(図10-2)。「クラシックが大好き」な人のIQは平均106.5であるのに対し、「クラシックは大嫌い」な人(私と同じ)のIQは平均93.3である。クラシックが大好きな人は、大嫌いな人より13ポイントもIQが高いのだ! 見てのとおり、知能とクラシックの好みには単調な関連があり、クラシックを好む人ほどIQが高い。グラフに示したような強いパターンがまったく偶然に起きる確率(本当は言語性知能とクラシックの好みとの間に何の関連もない確率)は、10京(10の17乗)分の1にも満たない。

 続いてお見せするのは、BCSの回答者に見られる、知能とクラシックを聴く習慣との関連だ(図10-3)。見てのとおり、イギリスのティーンエイジャーでふだんクラシックを聴く人は、そうでない人よりIQが7ポイント余り高い。グラフに示した強いパターンがまったく偶然に現われる確率(本当は言語性知能とクラシックの好みとの間に何の関連もない確率)は1000穣(10の31乗)分の1にも満たない。つまり、ありえない。

 

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