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がんビジネスへの警鐘~川島なお美さんの闘病手記『カーテンコール』で明らかになったこと

大場大(東京オンコロジーセンター代表)

2015年12月17日 公開 2024年12月16日 更新

がんビジネスへの警鐘~川島なお美さんの闘病手記『カーテンコール』で明らかになったこと

 

がんビジネスで氾濫する民間療法、エセ医学

 今年9月に肝内胆管がんで亡くなった川島なお美さんの闘病手記『カーテンコール』(川島なお美・鎧塚俊彦 著、新潮社、2015年12月8日) が刊行されました。患者として、生活 (=life) の質というQOLではなく、人生 (=life) の質、生き方 (=life) の質というQOLを何よりも大切にされていたことが印象的でした。そして同時に、本書にもたびたび登場してくるエセ医学や民間療法など、がん患者さんの藁にもすがる思いにつけ込んだ「がんビジネス」が盛んなことにも改めて驚かされます。

 さらに、「がん放置療法」が代名詞である近藤誠氏によるセカンドオピニオンの信用のおけない実態が明らかにされただけではなく、川島さんが受けた腹腔鏡手術についての新たな疑問点もみえてきました。川島さんのご冥福を改めてお祈りするとともに、外科医であり、かつ腫瘍内科医として、がんについての正しい知識について考えたいと思います。

 本書の中では、ドクターとの「お見合い」と記されているように、川島さんは自身の信頼のできる医師を求めて、多くのセカンドオピニオンを受けていたようです。その中でも、近藤氏のもとへは2番目に訪れて、以下のように言われて大変ショックを受けたと記述されています。

〈(近藤氏)「(前略) 手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」
―言葉が出ませんでした。
きっと、この先生の前で泣き崩れる患者さんは多々いたはず。〉

 患者さんと向き合う時の近藤氏の冷たい姿勢は昔から問題であったようです。そして、当時の川島さんの「がん」の大きさは径1.7cmという記載があります。本来、予後良好なはずの2cmに満たない「肝内胆管がん」に対し、適切な手術を受けることで得られる生存利益について、なぜ公平に説明されなかったのでしょうか。このタイミングでちゃんとした手術を受けていれば、少なくとも5年生存率は70%以上、場合によっては100%まで期待できる状況であったことが明らかになりました。

 それなのに、近藤氏は以下のようなとんでもない説明をしていました。

〈ぼく(近藤氏) は「ラジオ波なら手術をしないで済むし、1ショットで100%焼ける。体への負担も小さい。そのあと様子を見たらどうですか?」と提案しました。「手術しても十中八九、転移しますよ」ともお伝えしました。むしろ手術することで転移を早めてしまう可能性もあるからです〉(川島なお美さん 手術遅かったとの指摘は間違いと近藤誠医師 NEWSポストセブン2015年10月28日)

 東大病院を中心としたオールジャパン・データ (Y. Sakamoto, et al. Cancer 2015 Epub) によると、発見当初の川島さんケース、つまり大きさ 2cm 以下の「肝内胆管がん」を手術して転移した割合は、「27 例中 0例 (0 %) 」でした。どこが「十中八九」なのでしょうか。ちなみに、適切な手術をした長期生存成績を実際に示しますと、

【5年生存率】 ステージI: 100% ステージII: 約70% ステージIII: 約50%

という数字があります (Y. Sakamoto, et al. Cancer 2015 Epub)。もし万が一、近藤氏の言う通りに手術がバタバタ死ぬ危険なものであるならば、

【5年生存率】 ステージI: 0% ステージII: 0% ステージIII: 0%

となるはずです。医学的に明らかに誤った判断をされています。これに対して、川島さんは以下のように述べています。

〈M(近藤)先生がデータを見ながら説明してくれた時間は、約15分。お支払い含めて、20分足らず。消費税がまだ5パーセントの時代、20分のセカンドオピニオンで3万1,500円也。領収証は頼んでいないうちから書かれていました。お高い!!〉

 「文藝春秋」(2015年11月号)で意気揚々と記事にされた川島さんへのオピニオンは、わずか15分ほどのものであり、なおかつ、川島さん本人はまるでそのオピニオンには納得していなかった様子がみてとれます。そして、3番目に受けたセカンドオピニオンを聞き終えたあとで、川島さんは以下のようにも述べています。

〈M(近藤)先生は確かに「私の患者で、胆管がんの人を何人もラジオ波専門医に送り込んだよ」とおっしゃっていましたが、あれって一体なんだったんでしょうか?〉

 夫の鎧塚氏も、追記としてこう述べています。

〈専門医による「胆管がんにラジオ波は有効ではない」との判断とM(近藤)先生との見解の違いについては、確かに今でも疑問に感じることがあります。そして、人間は、医学や科学では計り知れない心という存在が大きく生き方を左右するものであって、がんへの対処だけではなく、がん患者の心と真摯に向き合うことの大切さをひしひしと感じました〉

 結果的に、「肝内胆管がん」が早期に発見されてから半年近くたち、重要な予後予測パラメータである「2cm」を超えて3.3cmほどにまで急速に大きくなり、さらには中肝静脈への浸潤が疑われる状態(ステージIII)まで悪化してからようやく手術を受けています。しかも、タチの悪い「肝内胆管がん」に対して開腹手術の根治性と同等であることが何一つ検証されていない腹腔鏡手術で行われました。それは、決して標準的な手術ではなく、むしろ実験的といえるでしょう。

 どうしてもひとつ気になったのは、手術後かなり早い時期に再発していて、かつその再発形式が腹膜播種(お腹の中で、がん細胞が種を撒かれたように広がる)だということです。それも右わき腹に「しこり」という形でも発見されています。

 これは、いち外科医の立場からみると、炭酸ガスでお腹をパンパンに膨らませながら10時間を越える長時間にわたって手術操作を行ったがゆえに、播種を引き起こしてしまったのではと疑ってしまいます。さらに、体表の「しこり」に関しては、腹腔鏡手術で使用する器械の出し入れによって、腹壁にがん細胞が付着して起きる (ポートサイト) 再発のような印象をもちました。

 腹腔鏡手術の名医K先生が執刀されたと記されていますが、どなたかはわかりません。しかし、どのような名医であったとしても、急速に進行しつつある状態で、再発リスクの高いステージⅢの「肝内胆管がん」に対して、いくら川島さんの強い希望とはいえ病院内で倫理的な手順をふんだうえで行われた手術であったのでしょうか。

 さらには、このK先生は手術したあとのアフターケア (フォローアップ) を他の病院にゆだねているわけですが、これでは手術やりっ放しということになります。川島さんは、このK先生に手術後も診て欲しかったと書かれているのです。

 標準的な手術でないにもかかわらずそれを避けるということは、再発してしまったことへのフィードバックが働かない可能性があり、また同様な転帰を辿る患者さんを生み出しても、一向に反省が生まれないということにもなりかねません。

 もちろん、最終的に自分の人生をどうするか、という決定は患者さん自身に任されます。しかし、誤ったがん情報が氾濫し、さらに医師個人の力量や病院の体制によって患者さんの予後が決まってしまうケースがある、という現状から決して目をそらしてはいけないと思うのです。一方で、医師は、患者さんの意志を尊重しつつ、優しい気持ちをもって専門家としての正しい方向性を示してあげることも大切だと思われます。

 ひとりでも多くの患者さんが、納得し安心をして最善の医療を受けられることを心から願うばかりです。

著者紹介

大場大(おおばまさる)

東京オンコロジークリニック院長

1972年、石川県生まれ。外科医、腫瘍内科医。医学博士。金沢大学医学部卒業後、がん研有明病院等を経て東京大学医学部附属病院肝胆膵外科助教。外科医と腫瘍内科医の両方の専門性を有するがん治療専門医。2015年に退職し、セカンドオピニオンやがん相談を主とした「東京オンコロジークリニック」を開設。著書に『がんと著書に『がんとの賢い闘い方「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書)がある。

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