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牧山純子 ジャズのなかにはいろいろなエロスがある

牧山純子(ジャズヴァイオリニスト)

2016年03月05日 公開 2016年03月16日 更新

ジャズはエロいのか?

 精神分析的な話をしても、結局のところエロスを感じるかどうかは、そのときのシチュエーションや雰囲気、イメージ的なものが影響していると思います。

 アメリカの禁酒法時代に闇営業していた酒場で演奏されていたジャズには、堂々と表で聴けない、どこか秘密めいたものがありました。その名残りが、「大人っぽい」とか「お酒を飲みながら……」というジャズのイメージにつながっているのではないでしょうか。

 私はもともと、職業的に音楽を聴いてしまう習慣があったので、どのジャンルの音楽を聴いても、そこに恋愛的感情やエロスを感じることができませんでした。ジャズに限らずクラシック、ロック、ポップス、演歌も、音楽の職人として聴いていたのです。

 しかし、クラシックからジャズに転向して、音楽に対する見方、聴き方が大きく変わったことに気づきました。

 ジャズを聴いてくださる方は頭で聴くのではなく、心と身体で聴いてくださいます。よほどの専門家でないかぎり、音楽を学術的に分析しながら聴く人はいないでしょう。ストレートに感情を表現し、空気を震わせる波動なようなものが音楽であり、ジャズの表現なのだと感じるようになりました。

 ジャズはアップテンポの曲もバラードも、奏者の気持ちが直情的に音に表現される気がします。とても人間味溢れる音楽なのです。

 人には誰もが愛したい、愛されたい、愛を分かち合いたいという欲望があります。それをどのようなかたちで表現するか、その手法は多岐にわたります。ある人は文章で表わしたり、舞踊で表わしたり、またある人は対象者を思う気持ちを表に出さず、内に秘めたまま……という人もいるでしょう。その秘めた思いにもエロスがあります。

 クラシックを弾いていたときの私は、音楽(クラシック)にエロスを感じることはありませんでした。指揮者の指示どおり、楽譜どおり、間違わないように演奏する……決まったことを、決まったとおりに弾くことが絶対だと思っていたのです。

 しかしジャズに出会った私は、ジャズにエロス、すなわち生きる喜び、生きる力を感じたのです。同じ曲を弾いても、そのときのシチュエーション、お客さま、一緒にステージに立つ共演者で、毎回違った演奏になります。まさに一期一会。ジャズの醍醐味であるアドリブ(即興演奏)、アレンジ、そしてオリジナリティのある音で自分を表現していいんだ! と感じるようになりました。ジャズを演奏しているとき、私は生きている実感を味わい、自分がそこに存在していると思えるようになったのです。ジャズは私にとって、エロスそのものなのです。

 この喜びを、お客さまにも伝えたいと思いながら演奏しています。

著者紹介

牧山純子(まきやま・じゅんこ)

ジャズヴァイオリニスト

1974年、東京都生まれ。4歳からヴァイオリンを始め、海野義雄、大谷康子に師事する。武蔵野音楽大学卒業後、フランスで研鑽を積んで帰国。2002年、バークリー音楽大学に入学し、ジャズヴァイオリンを専攻。在学中にデイビッド・フォスターやスティーブン・タイラーとも共演。02年、NHK紅白歌合戦にアメリカから衛星生中継で出演(平井堅「大きな古時計」)。08年11月、アルバム『ミストラル』でメジャー・デビュー。翌09年には、月9の人気ドラマ「BUZZER BEAT」の音楽を担当。最近はテレビのコメンテーターも務めるなど、幅広く活躍中。

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