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飛騨高山に、世界も驚くパン屋が生まれた日

成瀬正 (TRAIN BLEUオーナーシェフ)

2016年08月10日 公開 2024年12月16日 更新

飛騨高山に、世界も驚くパン屋が生まれた日

 

故郷高山の人に愛されるパンを作る

世界も驚くおいしいパン屋の仕事論おいしいパンを求めて、連日行列の絶えないパン屋が飛騨高山にある。店の名は、「TRAIN BLEU(トラン・ブルー)」。トラン・ブルーは、フランス語で [ブルー・トレイン]という意味。つづりも、英語の [BLUE] ではなく [BLEU]。長い道のりを、目的地に向かってコツコツとひたすら走り続けてゆく、という願いが込められている。
オーナーシェフの成瀬正氏は、2005年に開催された「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー」(ベーカリーワールドカップ)で、個人店初の日本代表に選出され、チームリーダーとして出場。世界第3位に輝いた経歴を持つ。しかし、田舎の小さなパン屋を世界トップレベルの店に育てるプロセスは、けっして平坦なものではなかった。
そんな成瀬正氏が自身の仕事論、リーダー論をまとめたのが本書『世界も驚くおいしいパン屋の仕事論』。ここでは本書の一部を抜粋・編集し、その一端を紹介する。

 

本物のパンを地方で食べていただきたい

東京での修業を終え、高山に戻ったのは26歳のときでした。当時の私は「地方都市に住んでいる人にこそ、本物のパンの味を知ってほしい」と思っていました。 

東京と高山、得られる情報量の差は、比べるべくもありません。当時は、東京へ行くのに今よりずっと時間がかかり、携帯電話もインターネットも普及していませんでした。若い職人同士が切磋琢磨したり、気軽に相談し合ったりする機会もないわけです。

そこで、仲のいい人を頼って頻繁に上京したり、講習を受けたりしていました。若いころは、日々の業務より講習会を優先することもありました。休業したぶん、損失にはなるのですが、得るもののほうが大きかったのです。

情報量の差という点では、お客様も同じでしょう。当時は、情報が少なく、「都会に行けば、おいしいパンがいっぱいある」というイメージが定着していました。逆に地方では、これといった根拠もなく「田舎で本物志向のパンを求めても無理」と思われていたはずです。 

そのころ、青い三角屋根の建物は、まだありませんでした。店舗はなかったけれど、高山に戻った年に「トラン・ブルー」という会社を立ち上げました。そして近隣のホテルやレストランを回り、自分が焼いたパンの営業をして歩いたのです。給食のパンを作っている「なるせパン」には父がいましたから、自分は自分で店をもちたい、そのためにはまず、自分の作ったパンがどれだけ受け入れられるのかを確かめたい、と思っていました。

反応は散々でした。今もご縁が続いているステーキハウス「キッチン飛騨」だけは買ってくれましたが、その他の店にはすべて断られました。当時の高山のレストランでは、やわらかいロールパンが主流で、料理に合わせてパンを使いわけるという考えもありませんでした。私が提案したバゲットは「硬い」と一蹴。契約をいただければ、この料理にはこのパンが合うと提案できるのに、と悔しい思いで営業を続けました。しかし、なかなか契約数は伸びません。

「そんな高いパン、買えない」「無謀だ」という声もありました。「本物のパンを地方で」という価値観を提示することは、とてつもなく高いハードルでした。

しかし、目の前の売り上げだけを考えて「安くて、質より量」へ方向をかえていたら、今の姿はなかったでしょう。自分で心からおいしいと思い、お客様に召し上がっていただきたいと思うパンを作ってお客様に新しいおいしさを知っていただくことでしか、トラン・ブルーとして生きていく道はなかったのです。

考えの根本は間違っていないと信じた私は、次の一手を打つことにしました。

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店はできていないけれど、お得意様はすでにいる

著者紹介

成瀬正(なるせ ただし)

TRAIN BLEU オーナーシェフ

1960年、岐阜県高山市生まれ。大正元年創業のパン製造会社の4代目。成城大学経済学部卒業。株式会社アートコーヒー、社団法人日本パン技術研究所、株式会社ホテルオークラ東京を経て、1986年に帰郷し、1989年、飛騨高山に「TRAIN BLEU」をオープン。2005年「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー」(ベーカリーワールドカップ)では、個人店初となる日本代表に選出され、チームリーダーとして出場、総合第3位に輝く。2012年の同大会では、監督を務めた日本チームが優勝を飾る。著書に『トラン・ブルーが切り拓くパンの可能性』(旭屋出版)がある。

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