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『官製デモ』の実施なんか、いまの中国ではありえません

加藤嘉一(北京大学研究員,英『フィナンシャル・タイムズ』中国語版コラムニスト)

2011年08月22日 公開 2022年09月28日 更新

『官製デモ』の実施なんか、いまの中国ではありえません

" 2003年に中国政府の国費留学生として中国に渡り、北京大学で学んでいた加藤氏に、人生の転機が訪れたのは、05年4月10日のことであった。その前日、北京市中関村で起きた反日デモの現場に足を運んだことがきっかけで、香港フェニックステレビに出演。それを機に、中国メディアから取材・執筆依頼が殺到するようになったのである。

 現在、27歳の加藤氏は北京大学の研究所に勤務する傍ら、「中国でもっとも有名な日本人」として、年間300以上の取材を受け、200本以上の記事の執筆をこなす。2008年には、胡錦濤国家主席とも対面した。いま胡錦濤氏は、英『フィナンシャル・タイムズ』中国語版の加藤氏の連載「第三眼」に必ず目を通しているという。今夏、そんな加藤氏が日本で出版した『われ日本海の橋とならん』(ダイヤモンド社)という本のタイトルには、「日中関係の架け橋になる」という思いが込められている。加藤氏がこれまでみてきた“中国の真実の姿”について聞いた。

世界の有名大学生が驚く北京大学生の向学心

 ――加藤さんは、本科4年間と修士課程の2年間、北京大学で学ばれたそうですが、中国の学生に対してどんな印象をもっていますか。

 加藤 留学中は、中国人のクラスメートたちからの見えないプレッシャーに大いに苦しみ、焦りすら感じていましたね。たとえば北京大学では、毎朝6時ごろになると、寮に住む学生たちがいっせいにキャンパスに出て、海外の専門書を音読するんです。そうやって、講義が始まるまでの数時間を読書に費やす。また夜は夜で、外に出て電灯の下で本を読んでいる。氷点下10度を下回る真冬の朝でもそうで、私も中国の学生に負けじと読書に励んだものです。

 ――日本の学生とは比較にならないほど勉強熱心だと。

 加藤 反日デモが吹き荒れた05年以降、僕は日中関係改善の一環として、日本の東大生と北京大学生の交流フォーラムを運営しているのですが、あるとき、こんなことがありました。東大生の一人が「自分は『ニューヨーク・タイムズ』を読んでいる」と発言したら、ある北京大学生が「それしか読んでいないのですか」と聞き返したのです。彼、ほんとうに真顔でしたね。(笑)

 ――「北京大学の学生は、英語力からスピーチ能力、ロジカルシンキング能力、計算能力、記憶力まで優れている。おそらく世界のどの大学生でもかなわないのではないか」と、著書などでも触れていますね。

 加藤 現在、北京大学にはハーバードやオックスフォードなど世界の有名大学から留学生が来ていますが、彼らも一様に北京大学生の向学心にはびっくりさせられます。

 これはなにも、北京大学生に限ってのことではありません。たとえば、僕が地方大学に講演に行くと、定員800人ぐらいの会場に約2,000人の学生が押し寄せる。そして「何か質問は?」と聞くと、全員がいっせいに手を挙げる。なかには壇上まで勝手に上がってきて、僕からマイクを強引に奪い、尖閣問題や歴史問題などについて聞いてくる学生もいます。僕もいちおう“先生”という立場で講演しているのですが、とにかくその熱気にはすさまじいものがある。

 一方、僕は慶應義塾大学でも授業する機会があるのですが、誰も質問などしません。「中国の大学なら全員が手を挙げるよ」というと、やっと何人かが手を挙げるのですが、みんな中国からの留学生という状態。正直、話にならないですね。

 ――中国の学生の政治に対する意識についてはどうでしょうか。加藤さんは「授業内容が現実の要求から乖離していて、若い学生の政治離れを生んでいる」とも指摘しています。

 加藤 いまでも中国の大学では、マルクス・レーニン主義や毛沢東思想、マルクス経済学を教えています。しかし学生たちは「必修だから仕方なく学んでいる」という感じで、なかには寝ていたり、他の講義の本を読んでいる学生もいます。彼らの政治意識については、1989年6月4日に起きた「天安門事件」の影響がやはり大きい。北京大学の先輩たちのなかにも、事件で拘束されたり、帰国を許されていない人が数多くいる。そういう姿をみているので、いまの中国の学生たち、とくに北京大学のエリートたちは、自分のキャリアに傷がつくような行動にあえて出るようなマネはしません。経済的に豊かになるチャンスは、以前とは比較にならないほどあり、そのために必死で勉強しているのですから。その意味では、現在の中国の学生は、プラグマティスト、リアリストだといってもよいでしょう。

中国の若者はほんとうに日本が嫌いなのか

 ――2003年に高校卒業後、中国政府の国費留学生として、加藤さんは単身で北京大学に留学されたわけですね。なぜ北京大学だったのでしょうか。

 加藤 最初は欧米の大学に行きたいと思っていました。幼いころから世界地図をみるのが好きで、国連の職員になることが一つの夢でしたので。そのため、英語力を鍛えていましたし、高校卒業時にはTOEICの点数は満点に近いレベルまで達していました。ところが、家庭の経済的な事情で欧米留学どころか、大学進学すら危うい状況になってしまった。

 そんな高三の受験期に、僕が通っていた山梨学院大学附属高校に北京大学の幹部がたまたま来る機会がありました。その幹部二人の前で、僕は日本語と英語を織り交ぜながら、必死で自分をアピールしたんです。すると彼らは、「面白い日本人がいる」ということで、僕を北京大学初の国費留学生として迎え入れてくれることになりました。たしかに運もよかったのでしょうが、僕自身、世界の成長の原動力になっているような場所に身を置いてみたかった。運命の扉を自分でノックすることができたと思っています。

 ――中国語の勉強はどうされたのですか。

 加藤 じつは、当時の中国はSARSウイルスが猛威を振るっており、いきなり北京大学も半年近く休講となってしまった。この時間を無駄にしてはいけないと思い、中国語の猛勉強に励みました。とくに力を入れたのは、話す力の習得。たとえば大学内の売店で、中年女性を相手に毎日合計8時間も世間話をしていました。ときには僕が彼女らの相談相手になったり(笑)。語学にはお金はかけないのが僕のポリシーなんです。

 ――2005年4月に北京市内で起きた反日デモの現場に足を運ばれたのは、どんな思いからですか。

 加藤 最初は興味半分だったというのが、正直なところかもしれません。中国人の対日観を生で感じられるよい機会だと思いましたし、北京大学から歩いて行ける場所でした。そして、中国人の学生と一緒にデモ行進をしてみたんです。日本人は、見た目は中国人と見分けが簡単につかないので、もう完全にデモに溶け込んでいました。(笑)

 ――そのとき、どんなことを感じましたか。

 加藤 この人たちは、ほんとうに日本のことが嫌いなのだろうか。そう疑問に思ったのです。「日本製品ボイコット」というシュプレヒコールを繰り返しながら、実際には日本製のデジカメでその様子を撮っている人も多かった。たしかに中国人は、歴史問題や領土問題では、日本は許せないと感情的になりますが、一方で日本製品やライフスタイル、ファッションについてはクオリティーが高いものと認めている。こうしたダブル・スタンタード(二面性)が彼らのなかでは矛盾なく共存している。そんなところが、中国人の対日観の面白いところでしょう。

 ――しかし、当時テレビなどでデモの様子をみた日本人の多くは、彼らがほんとうに日本のことを憎んでいると思わされたのではないでしょうか。

 加藤 それは、日本のテレビ・クルーがそのように編集したからでしょう。もちろん、なかには目つきが本気そうな中国人もいましたけれど。でも、それはあくまでほんの一部。実際は、日本の花火大会のような一種のお祭り気分でデモに参加し、日ごろの鬱憤を爆発させている、という若者が多い印象を受けました。急速に発展する国家のなかで、とくに金やコネをもたない中国の若者のなかには、猛烈な焦燥感に駆られ、不安に苛まれている人が少なくないのです。

 ――当時の反日デモに参加したことがきっかけで、香港フェニックステレビに出演することになったわけですが、どんなコメントをされたのでしょうか。

 加藤 もちろん僕は日本人なので、中国におもねるような日本批判はしたくなかった。かといって、安易な中国批判をすれば、反日の火に油を注ぐことになりかねず、自分の身も保証できない……。

 究極のジレンマのなか、僕は、今回のデモが日中双方にとって外交的案件であること、どちらか一方に非があるわけではなく、互いが建設的な議論を繰り返していくべきだということを一気に語りました。そして最後にこうもつけ加えました。ただし、もし日本の政治家のなかに中国を頭ごなしに否定したり、侮辱するような発言をする人間がいれば、同じ日本人として恥ずかしい、と。スタジオに一瞬、静寂が流れたような気がしました。すると翌日から、中国メディアからの依頼が殺到するようになったんです。

 ――加藤さんは、「愛国無罪というスローガンを口にしながら他国の大使館を打ち壊すような人は、『愛国賊』である」と発言しています。「愛国賊」というのは、愛国を叫びながら結果的に国を売るようなマネをしている、という意味ですね。過激な行動を繰り返す中国人は、それが世界の中国に対する印象を悪くしていることに気づいていないという批判でしょうが、どんな反響がありましたか。

 加藤 当然、怒る人もいまして、ネット上で複数の中国人が「加藤嘉一は、日本から派遣されたスパイだ」といっていました。しかし、「リアクション」が生まれない記事に意味はないんです。僕は、中国で年間約200本の記事を書いていますが、「情報発信は理解のためにある」と考えています。情報を発信した結果、さらに広く意見を求められるようになることは、僕にとっても中国を理解するための大事なプロセス。同時にこれは、日本人としての考えを中国人に伝えるためにも、ぜひやらなければならないことだと思っています。

中東の民主化運動が波及する可能性はゼロ

 ――ご著書に「中国の民意はクラウドのなかにある」と書かれていますが、5億人といわれる中国のインターネット・ユーザーは、ネットをどう利用しているのですか。

 加藤 政治の議論や生活の議論、あるいは有名人をデパートで見かけた、といったゴシップ的な話に至るまで、まさに何でもありです。もちろん、天安門事件をはじめ、共産党支配の正統性に疑義を投げかけるような発言は「タブー」とされますが、政策レベルでいえば、タブーなどないに等しい。記者クラブに守られた日本の報道など、生ぬるく感じられるほどです。そもそも中国では、日本と違って「成果主義」が徹底しており、外交政策でも経済政策でも、「結果」を出せない政治家の存在を国民はけっして許しません。政治家もネットのなかの民意を無視できない、ということです。

 ――日本のマスコミでは、チュニジアで起きた「ジャスミン革命」を例に挙げ、民主化運動が中国にも波及するのではないかという報道が一時期みられましたが。

 加藤 たんにそれは、「そうなってほしい」という日本メディアの願望だったのではないでしょうか。僕は、そういうかたちで中国に中東の民主化運動が波及する可能性はゼロだと考えていました。

 その理由は第一に、チュニジアも含めて、今回、反政府暴動が飛び火した中東・アフリカ諸国の多くは独裁者による「一人独裁」体制であったこと。これに対し、中国は共産党による「一党独裁」で、比較的優秀なテクノクラートが国を統治しています。第二に、中国は宗教国家ではないので、イスラム国家のように宗教が民衆の革命と結びつく可能性がほとんどない。第三に、中国は今回、反政府暴動が起こった独裁国家とは違い、著しい経済発展を遂げていることです。

 ――そもそも「前提」が違うということですね。

 加藤 加えて、中国では「フェイスブック」や「ツイッター」といったソーシャル・メディアは基本的に検閲を受けており、国内でみることができません。

 ――ただ中国当局がいくら検閲を強化しても、“隠しきれない部分”が出てくるのではないでしょうか。

 加藤 それはそのとおりでしょう。たとえば、いわば中国版のツイッターである「微博」のユーザー数は約2億人。コメント数も非常に多く、とてもリアルタイムでは監視しきれない。そこで事後処理のような方法が採られています。ジャストタイム・ナウで監視できなくても、ある人間が国内のサイトで中国の「タブー」に関する議論を煽っていることがわかれば、当局は事後的に処罰するのです。また、中国国内の企業も、わざわざ余計なリスクを抱えようとはしませんから、社内の人間が「タブー」に踏み込むような発言をネットでしていないか、「自己検閲」「自己規制」に走る傾向がありますね。

民間交流をより活発化させるべき

 ――日本の福島第一原発の事故を、中国はどうみていますか。

 加藤 今回の「フクシマ危機」をもっとも重く受け止めているのは、ドイツでも、フランスでも、アメリカでもありません。中国です。温家宝首相は3月11日の段階で、全国人民代表大会(全人代)がまだ閉幕していないにもかかわらず、現在稼働中や建設中、計画中すべての原発の安全性を徹底検査するように各部門に指示しました。「持続可能な発展」や「グリーン・エコノミー」という国家の将来像を堅持していくうえで、中国の指導者はこれからも原発推進が不可欠だと考えています。政治家や官僚の側だけでなく、メディアや民衆の側も同じ考えでしょう。

 ――震災後、中国からは多くの共感や励ましのメッセージが寄せられました。ところがその一方で、尖閣諸島の接続水域を中国の漁業監視船が航行するなど、引き続き外交問題が起きています。これも加藤さんがいう中国人の「二面性」なのかもしれませんが、日本は今後、中国とどうつき合っていけばよいのでしょうか。

 加藤 第一に、中国にとって越えられない「一線」を理解することが必要です。いまも昔も、中国の指導者がもっとも恐れるのは、国内の分裂。だからこそ彼らは、国家主権と領土保全にかかわる問題に敏感になるのです。中国は尖閣問題について絶対に妥協しないでしょう。

 ――日本側はこの問題では引くべきということですか。

 加藤 いえ、けっしてそうではありません。尖閣諸島がわが国固有の領土であるという立場は、日本はこれからも堅持すべきです。じつは、日本との外交問題で反日感情が高まることは、中国の指導者層にとっても頭の痛い問題です。それがすぐ「反政府」運動につながりかねないからでしょう。日本では政府主導の「官製デモ」という言葉をよく耳にしますが、いまの中国ではありえません。これは100%自信をもって僕がいえることです。若者の反日感情は中国政府にとって“諸刃の剣”であり、すでに愛国教育を見直そうという動きすら出ているほどです。

 日本側はこの点をよく理解しつつ、場合によっては強硬策をちらつかせながら、事態の収束を図るべきです。その際は、中国側の面子を立てることも忘れてはなりません。もっともそのためには、両国のリーダーが頻繁かつ定期的に会ってコミュニケーションを取ることが重要。はたして、いまの日本の政治家にそれが期待できるのでしょうか。

 ――何かよい方法はありますか。

 加藤 より民間交流を活発化させるべきなのです。たとえば、今後も日中間で起こりうるさまざまな問題を予防・解決するために、「日中リスクマネジメント委員会」のようなものをつくったらいいのではないか、と考えています。日本側からは、そこに総理大臣や外相などの閣僚がメンバーに入るのは当然ですが、学者や文化人、ジャーナリスト、若い民間人も入れる。卓球選手の福原愛さんや、シンクロナイズドスイミング中国代表チームの監督に復帰した井村雅代さんらが、メンバーとして適任でしょう。あるいは中国で歌手デビューを果たしたAV女優の蒼井そらさんも、入れるべきだと思います。中国の若い男性だけでなく、じつは女性のあいだでも蒼井さんは大人気。その影響力はある意味で、日本の総理大臣よりも大きなものがありますからね。もちろん僕も、民間人の一人として、これからも日中両国の関係改善に力を入れていきますよ。

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