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勝つためだけの経営でいいのか

鍵山秀三郎(イエローハット創業者)

2012年01月03日 公開 2022年12月26日 更新

鍵山秀三郎

怒りは弱者にたどりつく

今、成長している会社でも問題が起きている会社はたくさんあります。ある会社の労働組合の研修に呼ばれて行ったことがあります。その会社では、社員駐車場で人の車をパンクさせたり、傷つけたりする事件がどんどん増えているというのです。

今まで「売上、売上、利益、利益」と言ってきて、給料も非常に高くしてきた。それでよくなると思っていたところが、こんな異常な事態が起きるようになった。このままいったら会社は大変なことになる、だから考え方を変える必要があると労働組合は気がついたわけです。

また、以前ある工場では元社員が構内に乗り込んで大勢の人を殺傷した事件がありました。その後新聞に、同じ会社の社員の夫人が、「『主人から会社の雰囲気が悪くて、いつかこういう事件が起きるかもしれない』と言われていたが、本当にその通りの事件が起きた」という投書をしていたそうです。

能率、効率をあげるために努力は必要ですが、度を過ぎた追求は、人間の心を崩壊させます。もちろん、誰だってお金は欲しい。給料は1円でも高い方がよいでしょう。

それは決して誤りではありません。しかし、そこだけを追求すればみんな満足するかというと、ますますもっと望むばかりで、心が渇いてくるのです。

私は高い給料やボーナスが悪いと言うのではありません。経営者として報酬を出すことは大事なことですから。ただ、それだけでいいはずはない。厳しい目標追求をした分だけ、社員の穏やかな心をどうやって維持するかが大切なのです。

一番の問題は、他者のことを思いやれないほど、追いつめることです。追いつめられると、人間は自分のことで手一杯になる。すると他人の苦労、骨折りに対して、感情移入もできず配慮もできなくなるのです。

追いつめられた人が多くなると、社風は悪くなり、社会にも伝染していく。そして悲しいことに、追いつめられた人は、自分より弱い人に当たるのです。それがつながっていくと、いずれは社会の一番の弱者にそれが行く。

どこにも当たるものがない弱者は、やり場のない怒りを持ち、今度は不特定多数に怒りをぶちまける事件を起こしてしまうわけです。

 

“蒲生風呂”伝説

戦国時代に蒲生氏郷〈がもううじさと〉という武将がいました。豊臣秀吉に仕えた名将で、外様の伊達政宗を抑える役目を任され、秀吉の命により畿内から会津若松に領地替えとなりました

ところが、政宗との軋轢もあり、その上新参の領主ですから、周りの大名からしょっちゅう攻められる。必死で防戦するのですが、いくさに勝っても領地が増えるわけではありませんから、次第に家臣に褒美がやれなくなります。

そのときに氏郷はどうしたかというと、褒美をやるべき家臣を一人ひとり呼んで、自分の屋敷の風呂に入れたのです。風呂を焚くのは氏郷自身。律儀な氏郷はわざわざ「湯加減はどうだ」と声をかけるのです。

家臣たちはどんな褒美をもらうよりも感激したので、このもてなしは“蒲生風呂”として有名になりました。条件よりも配慮があれば、厳しい状況の中でも人はついてくるのです。

私には今の会社には、そうした言わば情誼というものがなさすぎるとしか思えません。経営者は、社員が他者に対する配慮ができるような会社にしなければいけない。

他者のことを慮ることもできない社員、家庭を壊したり、反社会的な行動をする社員をつくりだしたりする経営者は犯罪者です。社員の心を美しく保ち、成長させることもまた、企業が問われるべき社会的責任ではないでしょうか。

 

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