ホーム » 経営・リーダー » 勝つためだけの経営でいいのか

勝つためだけの経営でいいのか



2012年01月03日 公開

鍵山秀三郎 (イエローハット創業者)

《 『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2012年1・2月号 より》

 

社員を立派に成長させることが経営者の責任

 

美しい生き方というものがある

 「企業の社会的責任」とは、利益を追求し納税の義務を果たすことを根底としながら、あらゆるステークホルダー(利害関係者)からの要求に対して、適切な意思決定をすることであります。表現は一様ではないものの、概ねこのような考え方といってよいでしょう。このステークホルダーの中には社員も入るわけですが、私は社員を立派な社会人として成長させるという社員に対する社会的責任を唱える経営者が少ないことを嘆くのです。

 人の成長とは、単に意義があるという以上に、美しいことではないでしょうか。厳しい実業の中でも人間としての豊かな心を育むことは可能です。ただそれを為していくには環境が大切です。

 人間はいい匂いをかいでも、美しい景色を見ても、気持ちがよくなるものです。乱れた環境より、美しく整った環境に身をおくほうが、心地よくなるはずです。

 ですから私は会社だけではなく、会社の周辺を含めて少しでも環境をよくしようと掃除に励んだのです。たとえば、伊勢神宮参りでも同じです。内宮に行く前、宇治橋を渡るだけでもう清涼な雰囲気を感じて、伊勢神宮に来たという気持ちになるし、学校でもきちっとした学校は、近くに行っただけで、いい学校だと分かります。

 人間の心は見ているものに似ていく。だからこそ、よい会社の雰囲気をつくっていれば、社員の心情はおのずと安らぎ、正しい仕事につながっていく。これが私の信念なのです。

 私の信念のよりどころがどこから生じたのかというと、両親の影響にほかなりません。私の家では、物を机の上に置くにも、斜めには置かない。必ずタテヨコそろえて置くのです。少年時代、東京に住んでいたとき、私は比較的裕福な生活をしていました。それが一変したのは、太平洋戦争の影響で岐阜県に疎開したときです。

 父の兄が家を継いでいたのですが、冷遇されて、敷地内の柱も腐ってボロボロの掘っ建て小屋に、一家全員が入れられた。ところが私の両親は、そうした待遇にも絶対に愚痴を言わなかったのです。そして何をしたかというと、そのあばら家を磨き、補修し、片づけて綺麗にした。普通だったら惨めになる境遇を、綺麗にして矜持を保ったのです。いつも毅然として生きていた両親。その姿に私は12歳の子どもながら人生の貴さを実感したのです。

 実際にはいかなる境遇になっても卑屈にならず、お互いの尊厳を認めつつ正しい生き方に徹するのはたいへんむずかしいことです。でも幸いなことに私は親を通じて人間らしい美しい生き方があることを知っていたのです。

 

勝つためだけの経営でいいのか

 いい人生とは何でしょうか。お金もうけに成功して、大豪邸に住み、立派な車に乗り、ブランド物を身につけておいしいものを食べられる。これがいい人生、勝者の人生だと思っている人が多いことでしょう。しかし、それが本当にいい人生なのでしょうか。

 少なくとも経営やビジネスの世界ではそうした個人的欲望を肯定しつつ、各種のセミナーで、「会社は利益をあげないと一人前ではない。まず1億円以上の利益をあげないと一流の経営者としての資格などない」と言われる。

 私の知人のある経営者はその言葉を信じて、1億円の利益をあげるまでにがんばった。ところが目標が達成されたからいい会社になったかというと、決してそうではありませんでした。社員それぞれが勝手をことを言い出して、社風が悪くなった。おりしもバブルが崩壊し始めて、売上が下がっていく。彼は真っ青になりました。

 私が彼と出会ったのはそんな状態のときでした。私は売上よりも大切なものがあると諭しました。その後、彼が私の助言で経営のやり方を変えたところ、会社がよくなったのです。今は売上がピーク時から比べると4割減、半分になることすらあります。ところが自己資本比率は90パーセント、キャッシュフローは300パーセントという強い経営体質の会社になりました。

 ですから知人は、もしあのとき、あのまましゃにむに売上、利益に固執していたら、会社はなくなっていたと思うと述懐していました。目に見える、数値で示されるものだけを追い求めていくと、結局行き詰まるのです。

 

怒りは弱者にたどりつく

 今、成長している会社でも問題が起きている会社はたくさんあります。ある会社の労働組合の研修に呼ばれて行ったことがあります。その会社では、社員駐車場で人の車をパンクさせたり、傷つけたりする事件がどんどん増えているというのです。今まで「売上、売上、利益、利益」と言ってきて、給料も非常に高くしてきた。それでよくなると思っていたところが、こんな異常な事態が起きるようになった。このままいったら会社は大変なことになる、だから考え方を変える必要があると労働組合は気がついたわけです。

 また、以前ある工場では元社員が構内に乗り込んで大勢の人を殺傷した事件がありました。その後新聞に、同じ会社の社員の夫人が、「『主人から会社の雰囲気が悪くて、いつかこういう事件が起きるかもしれない』と言われていたが、本当にその通りの事件が起きた」という投書をしていたそうです。

 能率、効率をあげるために努力は必要ですが、度を過ぎた追求は、人間の心を崩壊させます。もちろん、誰だってお金は欲しい。給料は1円でも高い方がよいでしょう。それは決して誤りではありません。しかし、そこだけを追求すればみんな満足するかというと、ますますもっと望むばかりで、心が渇いてくるのです。私は高い給料やボーナスが悪いと言うのではありません。経営者として報酬を出すことは大事なことですから。ただ、それだけでいいはずはない。厳しい目標追求をした分だけ、社員の穏やかな心をどうやって維持するかが大切なのです。

 一番の問題は、他者のことを思いやれないほど、追いつめることです。追いつめられると、人間は自分のことで手一杯になる。すると他人の苦労、骨折りに対して、感情移入もできず配慮もできなくなるのです。

 追いつめられた人が多くなると、社風は悪くなり、社会にも伝染していく。そして悲しいことに、追いつめられた人は、自分より弱い人に当たるのです。それがつながっていくと、いずれは社会の一番の弱者にそれが行く。どこにも当たるものがない弱者は、やり場のない怒りを持ち、今度は不特定多数に怒りをぶちまける事件を起こしてしまうわけです。

 

“蒲生風呂”伝説.

 戦国時代に蒲生氏郷〈がもううじさと〉という武将がいました。豊臣秀吉に仕えた名将で、外様の伊達政宗を抑える役目を任され、秀吉の命により畿内から会津若松に領地替えとなりました            

 ところが、政宗との軋轢もあり、その上新参の領主ですから、周りの大名からしょっちゅう攻められる。必死で防戦するのですが、いくさに勝っても領地が増えるわけではありませんから、次第に家臣に褒美〈ほうび〉がやれなくなります。

 そのときに氏郷はどうしたかというと、褒美をやるべき家臣を一人ひとり呼んで、自分の屋敷の風呂に入れたのです。風呂を焚くのは氏郷自身。律儀な氏郷はわざわざ「湯加減はどうだ」と声をかけるのです。家臣たちはどんな褒美をもらうよりも感激したので、このもてなしは“蒲生風呂”として有名になりました。条件よりも配慮があれば、厳しい状況の中でも人はついてくるのです。

 私には今の会社には、そうした言わば情誼〈じょうぎ〉というものがなさすぎるとしか思えません。経営者は、社員が他者に対する配慮ができるような会社にしなければいけない。他者のことを慮〈おもんばか〉ることもできない社員、家庭を壊したり、反社会的な行動をする社員をつくりだしたりする経営者は犯罪者です。社員の心を美しく保ち、成長させることもまた、企業が問われるべき社会的責任ではないでしょうか。

 

鍵山秀三郎(かぎやま ひでさぶろう)

1933年東京生まれ。52年疎開先の岐阜県立東濃高等学校卒業。53年デトロイト商会入社。61年ローヤルを創業し社長に就任。97年社名をイエローハットに変更。相談役を経て、現在はNPO法人「日本を美しくする会」相談役。

著書に『掃除道』『鍵山秀三郎「一日一話」』(PHP研究所)など多数がある。



関連記事

編集部のおすすめ

真贋の眼を養う努力を~鍵山秀三郎

マネジメント誌「衆知」

松下幸之助は「利益」について確たる信念を持っていた

PHP研究所 経営理念研究本部

レクサス星が丘のやり方―お客様から頼まれない

志賀内泰弘(経営コンサルタント)

2月開催!!ハッピーウーマンオンラインセミナーシリーズ-Dr.クリスティンペイジ

アクセスランキング

2月開催!!ハッピーウーマンオンラインセミナーシリーズ-Dr.クリスティンペイジ
  • Facebookでシェアする
  • Twitterでシェアする

ホーム » 経営・リーダー » 勝つためだけの経営でいいのか

×