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「社員の生き方」と「企業の永続性」を無視した日本企業 現場の革新を阻む「数値目標」

野中郁次郎(一橋大学名誉教授),田村潤(元キリンビール副社長)

2018年08月10日 公開 2023年01月05日 更新

 

キリンビール高知支店を劇的に変化させた改革手法は極めてシンプルだった

田村 わたしが高知支店で取り組んだことは、いたってシンプルです。「高知の人びとにひとりでも多くおいしいキリンビールを飲んでもらい喜んでいただく」という理念をかかげ、その実現のために「どの店に行ってもキリンビールが置いてあり、欲しいときに手にとっていただける状態をつくる」という「あるべき姿」を描く。

この理念とビジョンを社員と共有し、ベーシックな営業活動を徹底することで、現実とのギャップを埋めていくという戦略を描きました。

野中 理念と戦略ですね。

田村 はい。次に行なったのが、現場の実行力の強化です。どれだけよいプランがあっても、実行できなければなんの価値もない。

そこで営業マンには、各エリアの店舗を回るという基本活動を繰り返し行なってもらいました。スポーツや音楽の練習と同じで、退屈な作業も反復すれば身体が順応します。すると営業に必要な基礎体力が身につく。

それだけではなく、お客さまとの心理的な距離も縮まり、いろいろな話を聞けるようになりました。

「亡くなった両親がうれしそうな顔をしてキリンビールを飲んでいた」「会社でいやなことがあっても、一杯の冷えたラガーを飲むと疲れがとれて、明日も頑張ろうと思えた」といった思い出話を聞くと営業マンは、お客さま一人ひとりが心にキリンビールを大事な記憶のシーンとして刻み込んでいることを実感しました。

さらに、キリンビールというブランドが自分たちだけのものではなく、じつはお客さまとも共有していることに気づきます。

そのつながりを理解したことで、「高知の人びとに一人でも多くおいしいキリンビールを飲んでもらい喜んでいただく」という理念を再発見できたのです。

野中 組織内にはどんな変化が見られましたか。

田村 理念が共有されていくことで、「もっと効率的に店舗を回れる」「こんなキャンペーンをしよう」といったアイデアが社内でひんぱんに話し合われるようになりました。自由度が高まったことで、一人ひとりにイノベーションが次々と起こり、それらがどんどん共有化されていきました。

こうした変化を目の前にして、わたし自身とても幸せな気持ちになりました。業績が好転したからではなく、皆が力を合わせてお客さまに喜んでもらえたことで、「生きるとは何か」が感じられたからです。(了)

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