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「足す」発想で新事業に挑み、難局を突破す~小池利和・ブラザー工業社長

マネジメント誌「衆知」

2018年10月02日 公開 2018年10月17日 更新

「足す」発想で新事業に挑み、難局を突破す~小池利和・ブラザー工業社長


 

小池利和・ブラザー工業株式会社代表取締役社長
こいけ・としかず*1955年愛知県生まれ。1979年早稲田大学政治経済学部を卒業し、同年ブラザー工業入社。1982年ブラザーインターナショナルコーポレーション(USA)に出向し、米国におけるプリンティング事業の拡大に尽力。2000年同社社長に就任し、南米販売会社の再建に成功する。2005年に帰国し、2007年ブラザー工業代表取締役社長に就任、現在に至る。

 

ミシン、情報機器、そして…進化し続ける老舗メーカーの成長戦略

老舗のミシンメーカーとして知られるブラザー工業。だが、それは同社が持つ顔の一つにすぎない。現在は情報通信機器を主力商品とするグローバル企業であり、次なる市場の開拓に向けて新たな一手を繰り出している。その陣頭指揮をとるのが、11年前にトップに就任した小池利和社長だ。はたして、これまで変革期の難局をどのように乗り越え、新分野で成長企業としての存在感を放つようになったのか。そして、これからの成長戦略とは。

取材・文:高野朋美
写真撮影:石田貴大
 

トップは毎日が難局。それを乗り越えるのが仕事

小池社長が長かった海外生活にピリオドを打ち、日本に帰国したのは2005年。その後、ブラザー工業の社長に就任したのは、2007年のことだ。最大の難局はいつだったかという質問に対し、小池社長は、毎日が難局ですよと笑う。

「社長になって以来、平穏無事だったためしなんてありませんよ。毎日思わぬことが起き、それにどう対応したらいいのかを朝から晩まで考える。それがトップである私の仕事です」

「常在戦場」の心構えがあるからであろう。多くの企業が「最大の難局だった」と振り返るリーマン・ショックについては、たいした痛みではなかったと言う。

「商品の売れ行きはすべてシステムでデータ化し、海外で何台売れたか、名古屋の本社にいながらにしてわかるようにしていました。それを見る限り、実需は落っこちてはいなかった。それならば、売れた数だけ工場で商品をつくればいいと考えていました。

リーマン・ショックの時期、工場を閉鎖した他社メーカーもありましたが、当社ではそういうことは一切なかった。むしろ、着実につくっていたら、他社からの供給が減った販売店から『品薄になったからもっとくれ』という要望が出てきたくらいです」

その中で小池社長が改めて実感したのは、経営はデータだということだ。

「どんな難局に際しても、繰り返し自分で何度も問い、考え抜くこと。それしかないでしょうね。まずデータを集め、思考し、実行して経験を重ねる。その集積が正しい意思決定へとつながるのです」
 

「選択と集中」より、「足す」という発想で

ミシンからプリンター、そして、工作機械や通信カラオケの分野にまで手を広げているブラザー工業。これからのペーパーレス化の潮流を見据え、M&Aによって英国の産業用プリンター大手「ドミノプリンティングサイエンス」社を買収してドミノ事業として展開したり、今後の脱炭素社会を見据えて燃料電池事業にも着手している。

事業を5〜10年単位でとらえ、将来ニーズが発生しそうな分野を先取りする。中長期の事業展開について、小池社長は言う。

「ビジネスを伸ばさなきゃいけないのが企業のミッション。なぜなら、それが従業員の幸福につながるからです。

そのために、販売チャネルを使ってビジネスを伸ばすのか、商品を増やすのか、それとも類似性のある技術を使って新商品を開発するのか、そのマトリックスの中から成長する事業を見つけて伸ばすのが、企業トップの常套手段です。

ドミノ事業を開始したのも、ペーパーレス時代に突入している今、紙への印刷ではなく、今後増えると見込まれるトレーサビリティの分野(食品の生産履歴を印字する産業用プリント)で、これまでの技術と相乗効果を持たせながらビジネスを成長させたいからです。燃料電池も脱炭素社会の実現に向けた新たな時代の事業として育てていきます」

そして、小池社長は経営者としての役割をこう語る。

「企業には、何十年かに一回のサイクルで、手掛けてきたビジネスが消滅するというリスクを抱える時が必ずやってきます。そんな状況になって、四の五の言って悩んでいても始まりません。そうならないために、早め早めに新しい事業に着手し、成長を継続的に維持するのが、マネジメントの役割です。

よく『選択と集中』と言われますが、事業を切り捨てた会社の多くが失敗しているじゃないですか。切りっぱなしは結局、会社を小さくし、モチベーションを下げる。そして、人を不幸にする。そんな姿をこれまでたくさん見てきていますから、『捨てる』ではなく『足す』発想でビジネスを成長させる以外に選択肢はないと思っているんです」

※本稿は、マネジメント誌「衆知」2018年7・8月号、特集《新時代の『ものづくり』》より一部を抜粋編集したものです。

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