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大谷翔平もその書を愛読 思想家・中村天風の説く「哲学」とは?

中村天風

2018年11月30日 公開 2022年02月07日 更新

大谷翔平もその書を愛読 思想家・中村天風の説く「哲学」とは?

<<12月1日は思想家であり、実業家の中村天風の命日である。現在はメジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が、かつて中村天風氏の著書『運命を拓く』を愛読書としていたことも報じられた。

中村天風は1876年に生まれ、大病を克服し実業界で活躍するも、1919年に突如、社会的地位や財産を放棄。真に生きがいのある人生を生きるための実践哲学についての講演活動を開始する。
その「天風哲学」は政財界の有力者をはじめ多くの人から支持され、現代に至ってもその哲学を探求する人が後を絶たない。大谷翔平選手ような若い世代をも惹きつける、その思想とはどのようなものだろうか?

本稿では、書籍『心を磨く 中村天風講演録』より、中村天風が「哲学」について語った一節を紹介する。>>

※本稿は『心を磨く 中村天風講演録』(中村天風、PHP研究所刊)より、一部抜粋・編集したものです
 

何が起きるかわからないから人生観をしっかり持つ

さて、この修練会の目的は、手っ取り早く理論と実際とをあなた方に飲み込ませて、そして、言い換えれば天風会独特の理入行入(りにゅうぎょうにゅう)という方法で、つまり理屈の方面からあなた方の迷妄、迷いを取ってあげて、それで実際の方面からあなた方の生きる肉体の作り替えをしようというのであります。

そこでその、まず前提として一番考えなきゃならないことは、人生観というものをしっかりしたもので持っていかなきゃいけないことです。

人生観にあやふやなものがあると、何事もなき世界ばかりが続けば、あにあえて何をかいわんや。ところが人生というものは、もう何遍も言っているとおり、油断も隙もならないでしょう? 

思いもかけない出来事、考えてもいなかったような事柄が、いつ何時人生に発生するかわからない、それが人生ですもの。

何の変化も変へん哲てつもなく、来る年も来る年も同じような状態で生きている人なんてものは、三千世界探して一人もありゃしませんよ。変化があればこそ人生。

したがって、その変化に対応する自分というものが、相当の用意なくしてこの人生に生きてるとです、変化のタチの悪いのに当たるてえと、そのままその人生というのはめちゃめちゃに破壊される、あるいはつぶれてしまいますわ。

そうすると、それも一思いに死んじまうんなら、まだこれね、一巻の終わりですから、手間暇いらないでもって、傍にも迷惑かけない、自分もまあね、何もわからなくなるんですから、事は簡単ですけれど。

死にもやらず生きもやらず、しかも考えてみれば考えてみるほど、少しも楽しみもなければ朗らかさもない、苦しみと悶もだえばかりの人生でもって、死ぬに死なれない、生きるに生きられない

人生を毎日繰り返すとなったらどうなるでしょう、ということを考えてみてください。

案外そういう人間が、この文化の時代の今日多いんですよ。また多いからこそ、私のようなこの尊いお仕事が、至る所でもって、全く自分でも不思議に思うくらい歓迎されているのでありますけれど。

それと言うのもこれと言うのも、結局、要するに、人生観というものの根底がしっかり固められていないから、ちょうど何のことはない、土台石があやふやのところへ大きな家が建てられたと同じ結果が来ているんですよ。それ地震だ、それ大風だとなると、すぐもうガタガタガタッとなっちまう。

だから何をおいても、まず第一番に必要なのは人生観を確固不抜のものにすることですが、その人生観を確固不抜のものにするのに、自分が何だということがわかっていなければ駄目なんですよ、自分が何だということが。

こう言うとあなた方は、「自分が何だということぐらい、だれだってわかっていますよ。どんなあわてた場合だって、自分と他人を取り替える気遣いはないんだもの。私は私でもってちゃんと私を知ってますよ」というその「私」が、本当の私でない私なんだ。

それを、本当の私じゃない私を、本当の私だと思い違いしているんですから。「でない」ものを「である」ように思っている思い方で人生観を立てようとすると、人生観のぐらつきはもう、ねえ。そうでないものをそうだと思っているんですから。だから今も言ったとおり、この自覚というものを正しくしなきゃいけない。

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