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"百合"はなぜ特別な花なのか? その秘められた意味

2018年12月21日 公開

高階秀爾(美術評論家・美術史家、大原美術館館長)

《受胎告知の天使》部分 1527年頃制作 サンティッシモ・ヴィンチェ ンツォ・エ・アレッサンドロ教 会(イタリア)
《受胎告知の天使》部分 サンティッシモ・ヴィンチェ ンツォ・エ・アレッサンドロ教会(イタリア)

<<なぜ西洋絵画では百合が頻繁に描かれたのか? 絵画のモチーフにはそれぞれ意味を持っており、特にキリスト教美術では「キリスト教図像学」という学問があるくらい長年、整理・研究されている。

当時の人は、それを見たら、何を意味するのか分かったのである。言い換えれば、その意図が分からなければ画家が伝えたいことが、伝わっていない可能性がある、とも言える。

美術史家の高階秀爾氏が上梓した『《受胎告知》絵画でみるマリア信仰』では、多くの画家たちが聖母マリアに妊娠を告げられる一瞬の出来事である《受胎告知》について、詳しく語られているが、西洋絵画に多くに登場する百合についても言及している。本稿では、その一節を紹介する。>>

※本稿は『《受胎告知》絵画でみるマリア信仰 』(PHP新書)より、一部抜粋・編集したものです。
 

画家たちは百合を象徴的な存在として描いた

ルカによる福音書には受胎告知の場面が端的に記されている。言葉による説明は、細部を省略することが可能である。とりわけ聖書は簡潔な文章によって綴られているため、具体的な細部まで書かれない場合が多い。

一方、絵は省略された記述を想像で補い、すべてを描き出す必要がある。このことは、聖書の絵解きを担当する画家たちにとって、大きな悩みの種であると同時に腕の見せどころでもあった。

《受胎告知》には、たとえば百合の花や本、鳩、オリーブなどさまざまなモチーフが登場してくる。だが、福音書の当該場面には、これらについてはひと言も触れられていない。

つまり、画家たちは明記されていない小道具を想像で、あるいは他の典拠にしたがって、描き加えたのである。

必ずと言っていいほど、どの時代の《受胎告知》にも百合が描かれている。描き方はさまざまで、もっとも多いのはガブリエルが手にしている場合だが、他にも花瓶に活けてあったり、室内の織物の模様に登場したり、さまざまである。

場合によっては、赤い百合を画面に描いた《受胎告知》もあるにはあるが、圧倒的に多いのは白百合の花である。白は、もちろん純潔無垢や穢れのなさ、気高さの象徴であり、マリアが処女のまま懐胎したことを表わす。旧約聖書にも乙女を百合の花にたとえた詩が登場する。

だが、この百合の花にはもともと、もっと広い意味が込められていた。初期キリスト教美術において、百合は薔薇とともに「天国の花」を意味し、生命や光の象徴でもあった。

また、《受胎告知》に限らず、百合はヨーロッパではさまざまな意味を持つ。

たとえばフィレンツェ市の紋章は百合の花である。フィレンツェを代表するシンボルのひとつとしてサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂が挙げられるが、この名称を直訳すると、「花の聖母マリア大聖堂」となる。それからフランスの王家も「フルール・ド・リス」と言って百合を紋章として用いていた。

このようにヨーロッパでは百合をシンボリックに用いる事例が多い。百合は非常に清楚な感じがするうえに、気品があるという理由で好まれたのであろう。

それから、百合以外の花が描かれた《受胎告知》も少なくない。
たとえばエル・グレコ作品では、ガブリエルが白い百合を抱え、その足元には花瓶に活けた柴が描かれている。

これは旧約聖書「出エジプト記」にある「見よ、柴は燃えているのに燃え尽きない」というモーセの逸話に由来し、《燃える柴》は神のシンボルである。

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