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見えてきた「新卒採用だけ」の限界 天才たちは大学すら卒業せず"億万長者"に

橘玲(たちばなあきら:作家)

2019年03月13日 公開 2022年07月08日 更新

大学をドロップアウトするともらえる奨学金

シリコンバレーでもっとも有名なベンチャー投資家がピーター・ティールだ。

トランプ大統領を支持したりいろいろ話題の多いひとだけど、電気自動車のテスラを率いるイーロン・マスクといっしょに手掛けた事業で大富豪になり、フェイスブック創業期にその可能性に気づいて投資したことで伝説をつくった。

そんなティールが始めた奨学金プログラムが「20 under 20」だ。でもこれは、大学などの学費を支援するものではない。大学に行かないことに対してお金が払われるのだ。

このプログラムでは、起業しようとしている20歳未満の学生20人に10万ドルの資金が与えられるが、その条件は大学からドロップアウトすることなのだ。

2010年に始められたこの奨学金制度は、「普通の人間が現在可能だと考えていることの2年から10年くらい先を考えている」というのが選考基準で、初年度は世界じゅうから4000人の応募者が集まり7人が選ばれた。

ティールがなぜこんな奇妙な奨学金を思いついたかというと、起業に成功するのにもっとも重要なのは「若さ」だからだ。

アップルのスティーブ・ジョブズが最初に友人とコンピュータを設計したのは20歳、ビル・ゲイツがマイクロソフトを設立したのも20歳、マーク・ザッカーバーグがフェイスブックの前身になるSNSを始めたものハーバード大学在学中だ。

ひとは年齢によって身体的な条件が大きく変わるし、脳も確実に変化する。ICT(情報通信技術)のような知識産業でも、起業には年齢的な限界があるのではないだろうか。だとしたら、「ほんとうに賢い若者にとって、大学に行くのは時間のムダだ」とティールはいう。

ティール奨学金の合格者は、大学を辞めてシリコンバレーに引っ越し、「世界を変える」アイデアで起業を目指す。10万ドル(約1100万円)ではたいしたことはできないけど、そのかわりシリコンバレーのさまざまな成功者が助言・協力してくれて、斬新なアイデアにはティール自身が投資する。

もちろんその結果はさまざまで、事業を立ち上げられなかったり、やってはみたもののうまくいかなかったりして、大学に戻る者もいる。それでもティール奨学生の何人かはすでに成功を手にしている。

――2013年の奨学生が立ち上げたインドの格安ホテルネットワークは、わずか3年で企業価値4億ドル(440億円)と評価された。

 

「ぬるい日本」で億万長者になる

東京大学のある文京区本郷の周辺にはベンチャー企業がたくさん集まっていて、いまでは「本郷バレー」と呼ばれている。そこで起業を目指す若者に「なぜシリコンバレーに行かないのか」訊いてみたことがあるが、その答えは「コスパが悪い」だった。

グーグルやフェイスブックに匹敵する成功なら何兆円という莫大なお金と世界的な名声が手に入るだろうが、人生を楽しく暮らすのにそんな大金は必要ない。

ティール奨学生のなかからすでに何人かの成功者が出ていることを考えれば、その確率はものすごく高い。しかし一期生7人を選抜したときの応募者は4000人で、彼らの多くは地元では「神童」と呼ばれるような天才だ。ちなみにアメリカでは、「神から特別な才能を与えられた」という意味で彼らを「ギフテッド」と呼ぶ。

そんなギフテッドですら、シリコンバレーで成功できるのは何千人に一人で、確率的には0.1%以下だ。それに対して日本なら、ゲームやアプリを開発したり、シリコンバレーのイノベーションを日本風にカスタマイズして大手企業に売却するだけで数億円になるのだという。

日本は「失われた20年」を経ても世界第3位の経済大国だし、日本語という「非関税障壁」に守られて外国企業の参入は難しい。だったら世界じゅうの天才が集まるシリコンバレーではなく、「ぬるい日本」で億万長者になった方がいいと、本郷バレーの若者たちは考えているのだ。

日本にも賢い若者はたくさんいるだろうが、それでも競争率が低いのは、そうしたライバルの大半が会社(役所)という世界に閉じ込められているからだ。

こうしてライバルが勝手に消えていくから、上手に立ち回れるとものすごく有利になる。銀座の高級レストランや六本木のクラブに行けば、若くして成功したそんな若者たちを見ることができるだろう。

そうした「ミニ起業家」を支援するベンチャー投資家もいて、どうやったら会社を高く売却できるか指南してくれる。こうして成功した若い起業家がベンチャー投資家に転身するというシリコンバレー型の生態系も生まれつつあるようだ。

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