作家・幸田真音が語る 「それでも人工知能が絶対に必要な理由」
2019年03月22日 公開
シンギュラリティは本当に訪れるのか!?
――そもそもAIには、人の雇用を奪ったり、いつか人間を支配するのではないかと恐れる声があとを絶ちません。シンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれる、人工知能が人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こるという懸念については、どうお考えでしょうか。
今回の作品を通じて最も伝えたいのは、どれほど便利なツールであっても、ヒューマンエラーは起こり得るということ。たとえばずいぶん以前、アメリカのハッカー集団に取材をしたことがあるのですが、そのとき彼らがこう言っていたのが印象的でした。
「俺たちが技術を駆使してハッキングするより、棄てられたパソコンの基盤を漁ったほうが、よほど簡単に機密情報が手に入る」
つまり、個人情報や機密漏洩に関する事件は多々起きていますが、その原因は意外にユーザー側の足元にあると彼らは言っているわけです。パソコンは便利だから誰もが活用しますが、適切な処理をせずに棄ててしまうと、思わぬリスクを招いてしまう。セキュリティ対策の落し穴は、人間の思い込みや慢心にあるのです。これは人工知能も同様でしょう。
それと、いわゆるシンギュラリティは、現在世界に存在するコンピュータの処理能力ではまだまだ無理で、仮に起きるとしてもハードウェアがもっとずっと進化してから先のことだと私は思います。
――それでもAIの研究開発が急激に進み、着実に社会の中に組み込まれつつある昨今。近い将来、私たちの生活はどう変化すると予想されていますか。
専門家たちのあいだでは、AIに与えるデータのバイアス(偏り)が今後の課題として話題になっています。いま、「データは石油よりも高価だ」と言われていますが、まずは、いかに適切なデータを収集するか。それをAIに適切に学習させ、健全に育てていくかという問題です。
われわれにとって大切なのは、AIを正しく理解することです。正しく理解できれば、正しく活用できます。AIに対する期待値が高すぎて、何でもかんでもAIで自動化できたり、高度化できたりするとというのも間違いですし、逆に、理解が追いつかないからといって不安がるのも得策ではありませんよね。
――その意味でも、今後のAI研究にますます期待したいところです。
今回の『人工知能』には、若い人たちに向けたメッセージも込めているんです。近年、先端科学に関する学術論文は中国人の研究者のものが大半を占めているようです。日本人研究者は質は高いけれど、数の面ではかなり遅れています。世界で戦える才能が育ちにくい日本の現状は、技術大国と呼ばれた時代を思えば、やはり寂しいことですね。
最近は高性能なパソコンが以前に比べるとかなり安く手に入るようになりました。ディープラーニング(深層学習。音声の認識、画像の学習など、人間が自然に行うタスクをコンピュータに学習させる手法のひとつ)のソフトも簡単に買えますので、少し勉強すれば、程度の差はあるにしても、誰でもAIが扱えるようになりました。
一方で、高度な専門性を備えた真のデータサイエンティストは絶対的に不足しています。若者たちには、AIなど先端技術のおもしろさをもっと知ってほしいですし、この分野でぜひ活躍してもらいたい。『人工知能』の主人公、新谷凱の生き方に、そんなメッセージを感じてもらえたら、なにより嬉しく思います。