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膨大な水を利根川から“収奪”する「東京の現実」



2019年10月16日 公開

竹村公太郎

 

水資源を近隣から収奪する東京

図:利根川(栗橋地点)の流況概念図
図:利根川(栗橋地点)の流況概念図

今、東京都民は自分たちの飲料水がどこから来ているかを知らない。もし知っていても、その水量の膨大さは知らない。

現在、東京は利根川から1日に240万の水を導水している。240万といってもぴんとこない。甲子園球場を水で一杯にすると60万である。

だから、東京は毎日毎日、甲子園球場を満杯にしてその4杯分の水を利根川から導水しているのだ。いや、導水などという生易しい言葉は似合わない。収奪という激しい言葉が似合う。大都会による川の水の収奪である。

図は利根川の水量の概念を表わしている。一番内側の四角は利根川の年間最小流量を表わし、一番外枠の四角は年間最大流量を表わしている。いかに最小と最大の流量の差が大きく、年間の流量変動が激しいかが分かる。

その最大と最小の間にある四角が、利根川から人間が取水している量である。この図はある矛盾を指し示している。それは最小流量より多い水など取水できない、ということだ。

この矛盾を埋めているのがダムなのだ。利根川の水が豊かな時に水を貯め、利根川が渇水になった時に水を放流するダムがあるからこそ、東京はこのような膨大な水量を消費できるのだ。

気候変動により降雨量がさらに激しく変動して、最小流量はさらに小さく、最大流量はさらに大きくなっていく。21世紀、人々の生命の源の「水」を貯留するダムの役割は大きくなることはあっても、小さくなることはない。

 

虎ノ門からダムが消えて、水への想像力が失われた

江戸時代、江戸は利根川を江戸湾から銚子へ追いやった。明治時代になり、東京は命の水源、溜池を都心から山奥へ追いやった。もう東京の人々は命の源の水源を見ることはない。

私は文明を支える下部構造のインフラに関心を持つ。江戸が東京となって失ったものの一番にあげるのが、江戸の街自身が持っていたインフラである。その筆頭が、命の源の水源「虎ノ門堰堤」である。

もし、虎ノ門堰堤が存在し、溜池が赤坂一帯に広がっていたら、人々は日々、命の水を肌で感じとっていただろう。溜池の水質を悪化させることは自分自身の命を傷つけることであり、21世紀の今、山奥のダムで貯水池の森林や水質が守られていることへの想像力が養われただろう。

虎ノ門堰堤の溜池は小河内ダムや八木沢ダムに比べたら蟻のように小さい。しかし、街の中にあった小さな堰堤が与える精神的効果は計り知れないほど大きい。

広重の《虎ノ門外あふひ坂》を見ていると無性に江戸が愛しくなる。

願かけの寒行をする健気な2人の職人の人生、屋台を担ぐそば屋の親父の人生、家路を急ぐ人々の人生、2匹の猫の命、それらが懸命に生きていたけなげさが愛しいのだろうか。それとも、江戸に命の水を供給し続け、いつの間にか埋められ消えていった虎ノ門堰堤が愛しいのか。

私には判然としない。



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