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社会

「中国は敵にしたくない」国境の街で見える“ロシアの本音”

小泉悠(ロシア研究者・軍事アナリスト)

2019年12月12日 公開 2022年01月26日 更新

 

ロシア極東の未来図

ハバロフスクにある科学アカデミー極東支部経済研究所を訪れて話を聞くと、大ウスリー島の開発計画は何度も浮かんでは消えてきたのだという。中国との共同開発に期待する声もあったが、中露の格差がこれだけ開いた現在では中露どちらもすっかり関心を失っている。

「大ウスリー島のことを考えるのはもう疲れたんですよ」とある研究員は半ば投げやりに語った。

そして、国境を挟んで発展度合いに著しいアンバランスが生じているという状況は、何もハバロフスクに限ったことではない。

ソ連崩壊後、国家主導の極東開発が停滞し、各種の優遇措置も無くなったことで、ロシア極東部では人口減少に歯止めがかかっていない。

ロシアの極東連邦管区は695万平方キロメートルと日本の15倍もの面積を有するにもかかわらず、人口は わずか617万人ほど。ソ連時代には800万人以上の人口がいたことを考えれば、わずか四半世紀のうちに4分の3に縮小してしまったことになる(2019年に極東連邦管区の範囲が拡大したことで統計上の人口は急増したが、各地域の人口自体が増えたわけではない)。

人口の減少が経済の停滞を招き、停滞する経済を嫌ってまた人が逃げ出すという悪循環が続いてきたのがソ連崩壊後の極東だった。

ハバロフスクの街並みにはそう寂れた感じはないが、ハバロフスクから人が出て行く分、極東の田舎から人がハバロフスクに集まってくるので、都市部では収支がとれているのだという。ただ、これはタコが自分の脚を食べているようなものであって、いつまでも持続可能なサイクルではないだろう。タコの脚もいずれは尽きる(イカでさえ10本しかない)。

この負のサイクルをなんとか止める手立てはないのだろうか。そう考えて現地の専門家たちに質問をぶつけてみたが、「ハバロフスクは太平洋に近いので海に関連する仕事なんかがあればいいのでは」という曖昧な返事しか返ってこなかった。科学アカデミーの専門家たちにも極東の未来図は描けていない、という印象を強く持った。

 

象の隣で眠るようなもの

少し遠回りをしたが、このようなロシア極東の現状に鑑みたとき、中国はどのような存在と映るのだろうか。川向こうの中国東北部には1億人の人間が暮らす。「人口圧力」への警戒感はやはりあるのではないだろうか。

「ある。ただし、それは長期的なものであり、差し迫ったものではない」

というのが経済研究所所長の答えだった。たしかに中露の人口格差は深刻だが、中国人がそう大量に極東に押し寄せているわけではないという。すなわちソ連崩壊後には不法移民が大挙してやってきた時代もあったが、現在は中国の方がはるかに発展してしまい、ロシア側に移り住んでくるメリットは失われた。

モスクワにはそういう警戒感があるのかもしれないが、現地の感覚には妥当しない……そう言われてみると、ハバロフスクの街中ではあまりアジア人の姿は見かけないようだった。

少し川を下ったところにある観光地ザイムカでは中国人観光客の姿を数多く目にしたが、住民や労働者としての中国人はどうもあまり多くない。極端な言い方をすれば、人口圧力を受けるほどの旨味が現在のロシア極東部にはないということなのだろう。

他方、中国に対する脅威認識が全くないわけではない。所長は中国についての見方を次のように話してくれた。

「私の意見は、カナダのトルドー元首相が米国について述べたのと同じです。つまり、『象の隣で眠るようなもの』ということです」

カナダのピエール・トルドー首相(のちのジャスティン・トルドー首相の父)が米国との関係を「象の隣で眠るようなもの」と喩えたのは1968年のことである。象(米国)の巨大な力なくしてはやっていけないが、かといって象が妙な具合に寝返りを打つとこちらも潰されかねない。

ロシアの中国観もこれと同じだという。巨大な力を持つ隣人とどう波風を立てずに付き合っていくか、言い換えれば、隣人をいかに隣人のままに留め、敵にしないかがロシア極東部の関心なのだ。隣の象が年々巨大になっていく中では特にそうだろう。

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