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橋下徹のケンカの鉄則…負けを回避するには「躊躇なくいったん退く」



2020年03月20日 公開

橋下徹

橋下徹
(撮影:的野弘路)

38歳で大阪府知事、42歳で大阪市長となり、百戦錬磨の年上の部下たちをまとめ上げ、大阪の改革を断行した橋下徹氏。

その驚くべき実行力を支えたのは、弁護士時代から培われた、たぐいまれなる「交渉力」である。同じ話し合いでも、伝え方や考え方を変えれば、結果はがらりと変わる。

同書では、そんな橋下氏が自身の「交渉思考」の極意を公開した著書『交渉力』から、「負けない戦い方」について触れた一節がある。ここで紹介したい。

※本稿は橋下徹著『交渉力』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

 

交渉の鉄則は「一呼吸おいて状況の転換を待つ」

組織のトップ、特に国家の指導者が、これまで発言してきたことを変えるには勇気がいるし、何よりも自分が率いる組織に変更方針をきっちりと伝え、理解させるマネジメント能力が重要になる。

特に強気に言っていたことを、弱腰にとらえられかねない主張に切り替えるのは本当に大変だ。民主主義の国なら、指導者が政治的に引きずり降ろされるくらいで済むが、非民主国家、独裁国家では、指導者の命が奪われることだってある。

日本が太平洋戦争に突入した1941年当時、どう考えても、日本にはアメリカと総力戦をやり合う力はなかった。アメリカと戦争することは明らかに無茶だった。最初から負けはわかっていたのだ。

ところがアメリカからハル・ノートを突き付けられ、中国からの全面撤退を迫られた日本の指導者は、どうしてもそれを受け入れるわけにはいかなかった。これまで軍部がやってきたこと、言ってきたことを全否定することになるからだ。

政治が軍部を納得させて戦争回避に向かわせるためには、軍部のリーダーでなければ務まらないだろうということで、東條英機に組閣の大命降下がなされ首相に選ばれたが、東條英機は結局軍部を抑えることができなかった。そして太平洋戦争に突入し、日本は悲惨な結果を被った。

当時の指導者の誤った判断、すなわち負け戦を回避するために躊躇なくいったん退くことができなかったことによって、日本は莫大な数の人命を失い、経済的被害を受け、敗戦国としていまだに不利益な、不名誉を受けている面もある。

負ける戦はしない。力がないなら、いったん一呼吸をおいて状況の転換を待つ。これがケンカ、ひいては交渉の鉄則だ。

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