外出自粛は本当に「よい投資」? ”費用対効果”で考える感染症対策
2020年03月20日 公開 2024年12月16日 更新
パンデミックへの対応で生まれた損失の大きさについてはよく報道されるが、その対応によって回避した損失の大きさにも触れられることは少ない。
他方で、国家レベルでパンデミック対策を考える上では、そのサイズを比較する大局的な視点も求められる。外出自粛などの対策により生まれた費用を「投資」とした場合、得られるリターン(回避した損失)は一体いくらになるのか。
2009年、新型インフルエンザの発生直前にも、国内で同様の議論は行われていた。その折に刊行された『パンデミック・シミュレーション―感染症数理モデルの応用―』(大日康史・菅原民枝 著)は、当時の議論を振り返るための「歴史書」としての顔を持つ1冊である。
パンデミック対策の「費用対効果」を考えるには、どのような点に着目すればよいのか。本稿では、同書より、感染拡大の防止策の評価の仕方について書かれた一節を紹介する。
※本稿は、技術評論社刊『パンデミック・シミュレーション―感染症数理モデルの応用―』〔大日康史(国立感染症研究所感染症情報センター主任研究官)・菅原民枝(国立感染症研究所感染症情報センター第一室研究員) 著〕より一部抜粋・編集したものです。
※同書は作成時点(2009年4 月20 日)の見通しについてまとめたもので、その後の知見の蓄積、状況の変化、政策や見解の改訂は反映されていません。同書の内容はあくまでも筆者らの個人的見解で、国あるいは国立感染症研究所の見解ではありません。
感染症による損失の規模 医療経済学で考える
簡単な計算をして、新型インフルエンザ対策の費用対効果を医療経済的な考え方を用いて検討してみます。
費用対効果分析をするには、新型インフルエンザに罹患した場合の健康被害の評価をすることから始めます。ここでは、全体のイメージをとらえるために、簡単に計算をしてみましょう。ここでの想定被害の設定を、これまでと同様にスペインかぜ並として、感染率 50%とします。平均的な罹患期間を1週間とします。日常活動が中断される費用は賃金を1日当たり1万円とします。
罹患に伴う損失は以下のようになります。
1億2000万人×50%×1万円×7日=4.2兆円
これだけでも膨大な損失ですが、この上に死亡による損失が加わります。致死率をスペインかぜ並の2%として、死亡時の平均年齢を日本人の平均年齢である50歳とすると、新型インフルエンザで亡くなられたことによって平均余命から30年間健康に生きられたはずの生命が失われたことになります。
これは単に遺族にとっての悲しみだけではなく、その人の持っていた技能、ノウハウが永久に失われたという意味で社会的に重大な損失になります。問題は、そうした生命の価値をいかに評価するかです。この点に関しては医療経済学的な検討が進んでおり、諸外国ではすでに実用的に用いられています。