日本酒のカリスマは、いかにしてニューヨーカーに「SAKE」を広めたのか
2020年04月18日 公開 2024年12月16日 更新
タイプ別を知ってベストな提供を
私が日本酒への取り組みを深めたきっかけは、SSIと日本名門酒会がNYに日本酒を携えてやってきたときに遡ります。
SSIはSAKE SERVICE INSTITUTEの略で、「日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会」のこと。1991年、NPO法人FBO(料飲専門家団体連合会)理事長の右田圭司氏によって設立され、飲食コンサルタントで日本酒スタイリストの木村克己氏が名誉会長を務めています。唎酒師や日本酒学講師、酒匠などの資格を認定し、日本の酒の提供販売に関するプロフェッショナルの育成に取り組む機関です。2019年末現在、約3万5200名の唎酒師を擁するほか、近年は世界唎酒師コンクールの開催や国際唎酒師の育成認定など、日本の酒の国際化に対応する事業への広がりも見せています。
日本名門酒会は「良い酒を 佳い人に」とのスローガンを掲げ、全国約120社の会員蔵元が丹精こめて造った日本酒を、全国の酒販店を通して流通させてきたボランタリー組織です。日本酒の本来あるべき本質を守り良酒を造っている蔵元と、意欲的な酒販店に呼びかけ、消費者に美味しい日本酒を届けようという活動をしています。
私が「でしべる」を開店する頃、最初に名門酒会が持ってきた日本酒は7銘柄でした。
ところが開けてみるとどれも同じような風味なのです。理由は輸送が冷蔵船ではなかったせいでした。その頃のNYでは、日本酒は熱燗で飲むためにアルコール度が高く、すぐに酔いが回ると誰もが思っていたのです。そのような先入観を覆すには、SSIの提唱する「日本酒の4タイプ分類」がわかるような酒質のまま、日本から輸送されなければならないと判断して、翌年からはコストがかかりますが冷蔵コンテナが使われるようになりました。
そして、当時マンハッタンにあったニッコーホテルで、SSIの右田氏と第1回目のミーティングをしました。その時にいろいろ試飲させてもらって、タイプ別にどのように提供したらベストかを研究したのです。
ちなみに4タイプとは「爽酒」「薫酒」「醇酒」「熟酒」です。爽酒は香味が控えめで軽快、爽やかなタイプ。薫酒はフルーティーで香り高いタイプ。醇酒は芳醇でコクがあるタイプ。そして熟酒は長期熟成による濃醇で複雑なタイプです。これらを指標とすることで、味わいの傾向、適した飲用温度、相性のいい料理のおおよそを知ることができます。
それでは4タイプ別のお酒とお薦めの飲用温度、マリアージュする料理例を紹介します。
「爽酒」は軽快でなめらかなタイプ。普通酒、本醸造酒、生酒などです。爽快な酒質と涼やかな飲み口、フレッシュな味わいが特徴的なこのタイプは、しっかりと冷やすことで特性が生きます。冷やしすぎても何かが突出することがありません。適した飲用温度は5〜10度。料理はどんなものにもよく合いますが、冷や奴やアユの塩焼きなど軽めのタイプがベターです。逆に濃い味の料理にも、スッキリと口中をリセットしてくれる効果が期待できます。
「薫酒」は吟醸酒・大吟醸酒系の香りの高いタイプです。果物や花、ハーブなどの香りの主張が強いので、基本的には冷やして飲むのに適しています。ただし冷やしすぎると香りが閉じてしまうので、注意が必要です。冷蔵庫から出して15分ほど経ってから飲むのがベストでしょう。お薦めの飲用温度は10度前後。合わせる料理は、食前酒としての性格が強いので軽めのもの、カルパッチョや白身魚の刺身、サラダ類が推奨できます。
「醇酒」はコクのあるタイプ。主に純米酒や生酛系の日本酒です。旨み成分をしっかり持っているので、旨みのふくらみが映えるやや高めの温度設定が好ましいです。15〜18度、または40〜55度がお薦め。料理はしっかりした味付けのもの、煮魚や肉と野菜の煮物などがよく合います。バターやクリームを使った洋風料理も相性がいいです。
「熟酒」は長期熟成酒や古酒などの熟成タイプです。軽快なものから重厚なものまでさまざまであり、重厚な旨み成分を持つものほど高めの温度が適しています。低めの温度だと強い香りと旨みを抑えることができます。適した飲用温度は15~25度、または35度前後がいいでしょう。料理は凝縮感と熟成感に負けないタイプがよく合います。ウナギの蒲焼き、麻婆豆腐、スパイシーカレーなどが好相性。冒険が楽しめるタイプです。
企画の基本はサプライズの提供
イーストビレッジに開いた「酒蔵」2号店は路面店です。通りがかりの観光客にも目を留めてもらえるよう、日本情緒満点の木製看板を掲げ、店内壁面には日本の蔵元から開店祝いに贈られた酒銘入りの菰樽がびっしりと積み上げてあります。
ここでは誕生日や結婚記念日などのアニバサリーを迎えて来店したお客様に、菰樽を使に、寄付金を募る計画も立てています。
また、当社では従業員には唎酒師の資格取得を奨励しています。日本酒に対する正確な知識を持ってサービスに当たることは、本人の自信に繋がり、私のモットーとする「楽しく働く」ことに通じるからです。現在はニュージャージー州にある日本のSSIの出先機関で、宿泊して資格試験を受けていますが、資格を希望する人には、イーストビレッジの当社店舗を使って、SSIとの連携のもとに勉強会を開く計画を立てています。これは従業員だけでなく、日本酒好きな「酒蔵」のお客様や一般のアメリカ人市民も対象にする予定です。日本酒の基本知識を身に付けることで、一般の人たちにも日本酒への関心が高まることを期待しています。
日本の蔵元のリサーチの場として
日本酒が入っている蔵の経営者や営業の方は、たいてい「酒蔵」や「でしべる」に顔を出してくれます。そして商品の回転がいい理由を知ることになります。
私たちはひとつには「テイスティングセット」として、飲み比べが楽しめる形でその時の推奨品を提供しています。純米・純米吟醸・大吟醸の3種3杯セットは、NYの人たちにとって日本酒を知るためのスターター。その中からお気に入りが見つかれば、2杯めにはその酒をボトルでオーダーしてくれます。また「本日のスペシャル」と題したお得感のあるアピール方法によって、商品の回転率を高めているのです。
蔵元は、NYでどんな日本酒が流行っているのかを「酒蔵」で目の当たりにし、その酒を実際に飲んでみることができます。そして日本に持ち返って商品造りに反映することが可能となります。どんな提供方法が好まれているのかを「でしべる」でリサーチし、日本で酒販店や飲食店に伝えることができます。私たちの店は蔵元にリサーチの場を提供することによって、よりNY市場にフィットした日本酒を手に入れることができるようになるのです。