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「意味不明で草」前代未聞のExcel実用書×異世界ファンタジー小説に上がった歓声

ミネムラコーヒー ,冬空実(イラスト)

2020年06月26日 公開 2020年06月29日 更新

 

スプレッドシートの裏側に広がるまだ見ぬ世界線

「いやー、おつかれさん! 2人とも飲めや。タカハシの歓迎会だ。今日はおめえら役に立ったよ」

サイトウはガッハッハと笑いながら、ビールを飲んで唐揚げを食っている。

おれたち3人は気まずい空気の中、詰め所まで帰ってきた。実際、仕事の最中に口喧嘩をしたのは悪かったと思っている。どうやってこの場を取り繕ったものかと考えたが、サイトウに対してそういう心配は無用だったようだ。詰め所でビールを一杯飲み終えたら機嫌を直したようだ。

「もしかしてあのキレてたの、演技だったんですか? しんじらんなーい」

「おいおい、おれがそんなに器用にみえっか? あんときゃあマジで怒ってたよ。バットでとはいかねえが、ふたりとも殴ってやろうと思ってたよ。おめえらと違っておれの古巣は暴力がまかり通ってたからな。灰皿が飛ぶのは日常茶飯事だよ」

おそろしい。おれの会社も労働環境は最悪だと思っていたが、さすがに暴力はなかった。これが昭和か。

「しかし、ほんと今日はおめえらの茶番のおかげで楽だったよ。走り回ってバット振り回さなくて済んだし」

「え? あのバットはVLOOKUPたちを脅すためじゃなかったんですか?」

「いや、いつもは追いかけて殴ってるよ。あいつら小さいし逃げるからな、しゃがんで捕まえてたら腰悪くするだろ。おめえらは若いからいいかもしれねえけど、おれの年にはきついよ」

Googleスプレッドシートの裏側がこんな暴力的な世界だなんて、いったい誰が想像しているだろうか? ははっ、そもそも死者の魂で動いているなんて思ってないよな。

「おれも勉強になったよ。ああやって関数と仲良く接したほうがいいこともあるんだな。workerやって長いほうだけど、最近は1人で仕事してることが多かったからな。スプレッドシートは奥が深いな、やりがいあるよ、ほんと」

workerにも武闘派や穏健派があるのだろうか。なんにせよ関数を効率よく処理するにはいろいろは方法論があるのだろう。ユーザーがVLOOKUPとINDEX/MATCHで言い争うのと似たような感じなのかもしれない。

「みなさーん、おつかれさまでーす」

クレアがサイトウの頼んだ追加のビールを持ってきた。マネージャーの仕事は詰め所での飲食物提供も含まれるらしい。

「タカハシさんはお酒たりてますかー?」

「ありがとうございます。今日は疲れちゃったのでこのぐらいにしておこうかなと」

「ああ、わりぃわりぃ。明日も仕事だしな。クレア、タカハシに部屋案内してやってくれ」

「らじゃーです! じゃタカハシさんいきましょう!」

「あ、はい。おつかれさまです。今日はありがとうございました」

挨拶代わりにジョッキをかかげるサイトウとイノウエを残し、おれはクレアとエレベーターに乗り込んだ。

「今日はおつかれさまでした。初日はいかがでしたか?」

クレアは昼と変わらず明るいテンションで話しかけてくる。周りに元気を与える女性というのはこういうタイプなのだろう。2人でエレベーターに乗っていると、どことなく甘い香りがふわりとただよってくる。

「いや、よく考えると今日ぼく死んだんですよね。状況がわけわからなすぎて忘れてたけど整理がついてないです」

「それはしかたないですねー。今日はゆっくり休んでください。苦しかったら気持ちが落ち着くまで休んでもいいんで、遠慮なくいってくださいね」

「お気遣いありがとうございます。でも、たぶん仕事してたほうが気が紛れるんで大丈夫です」

エレベーターは62階の居住区についた。この建物は詰め所を1階、駐車場が地下、上は99階まであり、41から99階はworkerの居住区で、62階におれの部屋があるというわけだ。クレアに案内されて訪れた部屋は思った以上に快適な場所だった。清潔で明るい1LDK、家具はすべて揃っている。正直言って驚いた。昨日まで住んでいた家はワンルームで狭苦しく、冬も寒かった。いっぽうこの部屋は清潔で明るい1LDK、外の景色は作り物らしいがまったくそうは見えず、家具はすべておれ好みのものが整っている。ちなみにクローゼットには同じスーツがたくさん入っていた。

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