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【対談】養老孟司×羽生善治が語る“AIの壁”「これからの社会は“頭の良さ”だけで特別視されなくなる」

養老孟司(解剖学者),羽生善治(将棋棋士)

2020年10月27日 公開 2022年10月06日 更新

 

子どもの頃から、五感を使うことが大切

【養老】だからこそ、子どものときからの育ちが大事でね。子どもの時分に、生き物として経験しておくべきこと、身体を使う、五感を使うということを、一通りしておくことが大事なんだよ。

人が都市を作ったのは、ここ1万年。農業が始まってからですからね。都市化すればどうしても理性中心の世界になっちゃう。むしろAIが、理性中心社会からの脱却のために、いいターニングポイントを作ってくれればいいんですね。

例えば、人間が肉体労働をして田舎で1年の半分を暮らしていても、AIがちゃんと、知的な活動のかなりの部分を代わってやってくれるという。そうすると、非常にバランスのいい社会ができる可能性もありますよね。AI化で、野に遊び、田畑を耕しという、人間本来の暮らしに戻れる余白ができる。

本来は、それって楽しいことだから。100年か200年遡ったら、9割ぐらいの人が農家やってるでしょ。しかも、今だったら、ひどい労働じゃないですよ。現在の農家は、9割が兼業農家ですもんね。兼業でいいんですよ。自分の食うものだけをささやかに作るの。

【羽生】AIで新しい「百姓化」の社会を実現できる、と。

【養老】百姓化するだけじゃなくてね。今、「徴農制」とか言ってる人がいる。要は、バランスの問題です。農業が好きな人は、ちょっとの土地で、ちょっと育てりゃいい。僕の知り合いも、農家やってますよ。

若い人で農業に携わる人が唯一言ってる文句は「農業じゃ食えねえ」って、そこだけ。だから、別の仕事探してきて、それで傍らで農業やればいいんだって。

農業で食おうと思うと経済活動になってしまって、そうすると辛い農業になっちゃうこともある。僕だって、虫が好きだけど、虫を商売にしちゃうと、結構辛いところがあるんですね。

【羽生】なるほど。

【養老】将棋はどうですかね。プロだから(笑)。

【羽生】そうですね。本来は好きなこと。でも確かに、何か、純粋に楽しんでやるっていう感じはないかもしれないですね。

【養老】子どもの内は、純粋に楽しめるわけでしょ。経済活動に組み込まれてないから。ひたすら将棋に没頭することで、学ぶこともあるしね。それも社会経験です。純粋に将棋自体が強くなる以外に、そっち側の価値もありますよね。

対戦する人が毎回違うわけだから、様々な人と触れ合う。その過程で自分が育っていくというのも大事な価値の一つでしょ。だから、さっきも言われたように、コンピュータを相手にして将棋が強くなるというのは、実は一番健康なAIの利用の仕方ですよ。

 

AIは「江戸時代の古い手」も指す

【羽生】ただ、AIって、飛び道具的でもあるんですよ。「アルファゼロ」というソフトの最新版は、たった2時間の機械学習で、世にある一番強いソフトを追い越した。そうすると、人間がやってきたこの何十年かの努力は一体何だったんだ、と(笑)。AIは、時にそういう凄まじさを突き付ける。

一瞬でそういうことが起こってしまうので、人間は何のために将棋をやってるのかという無力感に陥るというか、しばし考え込んでしまうような状況が現れているのは確かです。

さらに、AIの登場で将棋の世界が目まぐるしく変化している。雁木(がんぎ)戦法などは、その典型例ですよね。江戸時代から存在していた戦法で、AIが再評価して流行り出したんですから。

自分にとっても、ちょっと大きな発見だったんです。というのは、ソフトにとっては、古いも新しいもなくて、「評価値」が高いから指すだけ。だから、古い手でも「古臭い」なんて思わずに指すんです。人間みたいに「終わった戦法だな」とか思わないから。

一方で、人間の棋士は、古い戦法は指さない。それは歴史を経て、ダメだというラベルがついたものであって、過去のものは忘れ去るものというのが常。

でも、AIにはそういうバイアスが一切ない。それはかえって新鮮な感じはします。そういう先入観がまったくないところでひたすら「評価」をしていく。

【養老】AIは、いわば優秀な新入社員だから。

【羽生】そうですね。健全な形でAIを仲間に入れていく。本来やりたかった自分の仕事は、目一杯楽しんでいく。ただ、それを将棋ではなく、リアルの世界の、リアルな話でやろうとすると、すごい衝突が起こるという(笑)。

だから、ちっちゃい世界の、ちっちゃい分野だったら受け入れられるかな、という話で。仮に大きなところの大きな話でいきなりAIを入れてしまうと、人々にすごいアレルギーが出るという一面はあるのかもしれません。だからAIを仲間入りさせるのに、将棋の世界はある意味向いていたんでしょう。

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