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生き方

「自慢話がやめられない人」が奥底で抱える“心の重荷”

加藤諦三(早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員)

2021年05月02日 公開 2024年12月16日 更新

「自慢話がやめられない人」が奥底で抱える“心の重荷”

心の整理は悩みの解決に不可欠であり、「心の整理」とは「事実の整理」。いるものかいらないものか、自分にとって大切かどうかをはっきりさせ、漠然とした不安の実体を知れば、悩みをスリム化できる。悩み相談を数多く受けてきた加藤諦三氏が「心を整理する」方法を具体的にアドバイスする。

※本稿は、加藤諦三著「心の整理学 自分の「心理的な現実」に気づくために」(PHP文庫)から一部抜粋・編集したものです。

 

こうして「私は私が嫌い」になる

不幸な人はエネルギーの無駄遣いをしている。間違った目的に向かって無駄に走っている。だからいつまでたっても達成感がない。

不幸の原因は太っていることではない。いくら痩せるという目的を達成しても、幸せになれない。なぜなら太っていることが不幸の原因ではないのだから。

社会的に高い目的を達成することが、自分の価値を高めると思っている人がいる。しかしそのことが逆の働きをする。自分の価値を売り込むように自慢話をしている。ますます皆に嫌われる。相手が自分に期待していることを勘違いしている。

相手が自分に期待しているのは優しさ。それなのに高学歴を誇示して嫌われる。神経症的傾向の強い人は認められて幸せになろうとする。すると相手が自分に期待することは見えてこない。

この典型が自慢話である。そういう人は、相手が好きではない。誰にでも自分を売り込む。神経症的傾向の強い人は、認められることでまず自分を癒したい。売り込めれば安心する。

自分がない人、自己蔑視している人は、相手から認められなければならないと思い込む。そのためには理想の人にならなければならないと錯覚する。

悔しい感情、憎しみの感情を抱いた経験の積み重ねが、その人から素直さを奪う。こうして「私は私が嫌い」になる。

 

「捨てる」が整理の基本

今「この仕事はどうしてもしなければならない」と思っている。「あの人に受け入れられなければならない」とか、「あの人に高く評価されなければならない」とか思っている。

それら多くの「ねばならない」を整理することである。「あの人に高く評価されなければならない」は、「あの人には高く評価されなくてもしょうがない」にならないだろうか。

「しかし別のあの人には評価されるように引き続き頑張っていこう」というのが、心の整理である。誰にも彼にも高く評価されようとして消耗しているのが、悩んでいる人である。

あの人は失ってはならないが、この人は失ってもしょうがない。それが人間関係の整理であり、心の整理である。あの仕事もこの仕事もすべて成功しなければならないと思っているのが、心の整理ができないで悩んでいる人である。

それで消耗している。できないことなのに、そのできない仕事に執着している。心の整理とは、この仕事はある程度しなければならないが、あの仕事はダメでも仕方がない、そしてあの仕事ができないことで失うものは、失ってもしょうがないと覚悟をすることである。

これは人間関係にも言える。あの人とは対立関係、あの人とは友好関係、あの人とは無関係。そのように人間関係を整理していく。

人間関係が整理できないから、悩むのである。誰にでもいい顔をする八方美人などは、自分で悩みを作りだしている。自分で悩みを作りだしていながら、自分を悲劇の主人公にしている人もいる。

頂上まで登る人生を生きる。ただ頂上に近づくほど疲れる。不必要な重い荷物を背負っていては頂上までは登れない。本当に利口な人は、不必要な重い荷物を持ったまま疲れて野垂れ死にはしない。不必要な重い荷物をどんどん捨てていくからである。

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自分が「嫌だと思うもの」の正体

著者紹介

加藤諦三(かとう・たいぞう)

早稲田大学名誉教授、元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員

1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。

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