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津波に5万冊の本を奪われた釜石の「まちの本屋」…“復活”のその後

田口幹人

2021年03月15日 公開 2022年10月12日 更新

 

瓦礫から見つかった「顧客名簿」が果たした役目

震災後のまちの本屋・桑畑書店の再建の道のりは、多くのメディアに取り上げられ、まちと本と文化の発信拠点としての老舗書店の復活を報じた記事をいくつも目にした。

記事の多くは、瓦礫の中から見つかった顧客名簿のエピソードを取り上げていた。店舗も在庫商品も流されてしまった中、見つかった常連客の顧客名簿。

その名簿と記憶を頼りに、自転車で常連客も元を訪ね歩き、多くのお客様から再配達と店舗再建の願いを聞いたという、一冊の顧客名簿が繋いだ店主と顧客の絆を感じるエピソードだった。

あの当時は、心温まるエピソードとして多くのメディアがこぞって取り上げた。でも実際には、たまたま顧客名簿があったことでお客様に再会するのが早くなったということであり、それが見つかったから再開を志したのではなく、なくてもやるつもりだったという。

長年配達業務で足を運び、本を届けてきた桑畑氏の頭の中には、ノートに記されている情報以上のデータが蓄積されていたのだろう。

配達先の約7割が、津波の被害の少ない地域だったこともあり、とにかく待っているから、本を届けてほしいとの声がたくさん届いたという。震災直後、あの状況下において、本を必要としている方が多くいたことに驚いた。

 

震災後、人は“本”から日常を取り戻そうとした

ライフラインの復旧・復興に時間がかかったこともあり、被災地での本の需要が大きかったのは、他の地域でも同様だった。僕はそれまで、本は嗜好品だと思っていた。

本は好きな人や、気持ちや時間に余裕のある人が読むものと思っていたのが、この時そうではないことを知った。本は日本人にとって生活になければならない必需品であり、日常にあるべきもの。本は人々の平常心を保ってくれる存在だと再認識することとなった。

ライフラインの復旧も進んでいない状況下で、本屋を訪れるお客様がたくさんいた。子どもたちはいつもと違う空気に泣きわめき、おじいちゃん、おばあちゃんは不安に顔を歪ませている。

そのときに、なぜ本だったのか。僕はこう想像した。少しでも日常を取り戻すために、“いつも身近にあった何か”が手に入らないかと考えたとき、誰もが思い出したのが本だったのではないか、と。

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繋がりを生んだ、釜石駅前の“仮設店舗”

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