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「ひたすら妊娠と出産を期待された女性」がようやく手に入れた“自立と自由”



2021年03月19日 公開

中谷友紀子(翻訳者)

アンオーソドックス デボラ・フェルドマン
『アンオーソドックス』の著者であるデボラ・フェルドマンさん(写真:Alexa Vachon)

デボラ・フェルドマンはニューヨークにあるユダヤ教超正統派コミュニティ(ウルトラ・オーソドックス)で生まれ育つが、生きづらさを抱き苦悩する。

自由と自立を求め、幼い息子とわずかな荷物だけでコミュニティから抜けだすと、2012年に自らの半生を綴った回想録『アンオーソドックス』を刊行し、ニューヨークタイムズ・ベストセラーリスト入りを果たす。2020年には本書を下敷きにしたNetflixのドラマシリーズが配信され、世界中で話題を呼んだ。

デボラの語る半生は、言語や服装、言葉を交わす相手、食事など、すべてが"しきたり"で決められているという、閉鎖的で特異なコミュニティが舞台となっている。

本稿では同書の訳者である中谷友紀子氏のあとがきより、"生きづらさ"を抱える多くの人の心に響く『アンオーソドックス』の魅力について触れた一節を紹介する。

※本稿は、デボラ・フェルドマン 著『アンオーソドックス』(&books/辰巳出版)の訳者あとがきを再編集したものです。

 

「自分の居場所がない」戒律でがんじがらめな生活

2009年秋、23歳のデボラ・フェルドマンは、ニューヨークにある超正統派ユダヤ教コミュニティと決別した。幼い息子とわずかな持ち物だけを車に乗せて。

本書は、自由を求めて闘う彼女のアンオーソドックスな半生を綴った圧巻の回想録である。

ユダヤ教には、トーラー(律法、旧約聖書においてもっとも重要とされるモーセ五書)の定める613の戒律があり、日常生活全般にわたる規範と指針になっている。宗派は改革派、保守派、正統派に大別され、正統派のなかでもとくに厳密に戒律を守る人々は超正統派と呼ばれる。

1986年、デボラはブルックリン、ウィリアムズバーグにある超正統派(ハシド派)のひとつ、サトマール派のコミュニティに生まれた。ホロコーストを生き延び、ハンガリーから移り住んだ人々の町だ。

物心ついたときから、デボラは心に空白を抱えていた。幼いころにイギリス出身の母はコミュニティを抜け、父には子供を育てる能力がなかったため、デボラは年老いた祖父母に引きとられる。

口うるさいおばをはじめ、おおぜいの親族との交流はあるものの、自分の居場所は見つからず、なによりも戒律でがんじがらめの生活が窮屈でたまらなかった。

 

コミュニティからの抑圧で追い詰められていく

コンピューターや携帯電話はもちろん、家にはテレビさえなく、映画も観たことがない。安息日のあいだは一切の労働が禁止されるため、ものを運ぶこともできない。

女の子は12歳で成人すると人前で歌うことを禁じられ、高等部に上がると素肌と見間違われないよう、太いシームの入った茶色いストッキングを穿かなければならない。

会話や読み書きはイディッシュ語のみで、魂を毒する不浄な言語とされる英語を使うと、厳格な祖父に雷を落とされる。

そんななかでも、反抗心旺盛なデボラは見つからないよう遠くの図書館や書店へ通い、禁じられた英語の本『自負と偏見』や『若草物語』をこっそり読んでは、外の世界への憧れを膨らませ、渇望を満たそうとする。

世界の中心ともいえる現代のニューヨークに、これだけ閉鎖的で特異な社会が存在していることに驚かずにはいられないが、少女時代の回想にはどこかのどかな、微笑ましいような雰囲気も漂っている。

長い伝統を持つ祝祭の数々や、祖母の作るユダヤ料理やハンガリー料理。学校やサマースクールでの他愛ないいたずら。すべてが生き生きと細やかに描写されている。

ところが、17歳で30分会っただけのお見合い相手と結婚すると、戒律による締めつけは格段に厳しさを増す。ハシド派の女性は結婚とともに髪を剃り、かつらやスカーフで頭を覆って一生を送る。

生理中とその後の7日間は不浄とされ、ミクヴェと呼ばれる沐浴場で全身を清めるまでは夫の手にさえ触れられない。花嫁教室で教わるまで妊娠の仕組みすら知らずにいたデボラの膣は、頑なに夫を拒絶する。

本を読むことも禁じられ、ひたすら妊娠・出産を期待されるプレッシャーによって、彼女は心身ともに追いつめられていく。

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生きづらさを感じることは他人事ではない >



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