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「音楽は人を救う」の科学的根拠とは? モーツァルトをすすめる7つの理由

小林修三(湘南鎌倉総合病院院長代行/昭和音楽大学客員教授)

2021年05月29日 公開 2023年02月02日 更新

 

音の性質は脳波に影響を与える

「モーツァルトの音楽がなぜいいのか」について語る前に、音の性質と脳の活動との関係について説明しましょう。

まず、音の性質を表すものに「デシベル」と「ヘルツ」があります。デシベルは、音の強さ(大きさ)を表すもの。静かな家庭での生活音なら、だいたい40デシベルから50デシベルほどで、普通の会話が60デシベル、電車が通るときのガード下が100デシベルほどです。

一方、ヘルツは音の高さを表すもの。ピアノは、最も低いキーで27.5ヘルツ、最も高いキーで4186ヘルツです。私たちの耳は、16ヘルツから2万ヘルツまでの音を聴くことができるといわれています。

音楽は、脳波に変化を与えます。私たちの脳は、その活動状態に応じて、さまざまな周波数の脳波を出しています。通常の覚醒しているときは「β波」で、14 〜20ヘルツです。日常では多少なりとも集中しているとき、感情が動くときに出ています。

周囲の動きには敏感ではあるものの落ち着いた状態では、8〜13ヘルツの「α(アルファ)波」が強く現れます。瞑想したり睡眠を取ったりしているときには4〜7ヘルツの「θ(シータ)波」が、そして、深い眠りに入ると0.5〜3ヘルツの「δ(デルタ)波」が現れます。

瞑想やヨガでは、精神と肉体がひとつになるといわれますが、音楽も、1分間60拍程度のいわゆるアダージョ(ゆっくりと)の曲は、聴いているうちに脳波をβ波からα波に変え、心身を整えてくれます。

また、ゆったりしたテンポの曲のほうが、自律神経が副交感神経優位になりやすいこともわかっています。

何かに集中したいのに、いろいろな雑念が入って集中できないときには、モーツァルトやバッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディなどのバロック音楽を流してみてください。たちどころに気分が安定し、音楽が鳴っていたとしても不思議と集中できる状態となります。

このときには、音の大きさは40〜50デシベルの軽く聞こえる程度がいいでしょう。楽器の種類もあまりいろいろ入っていない弦楽合奏がおすすめです。

シンプルであることに尽きますが、モーツァルトの曲には必ずどこかに仕掛けがあります。ハッとする瞬間があり、神秘的でありながら、優しくしなやかで親しみやすい。苦悩に満ちた運命を意識せざるを得ないベートーヴェンとは対照的です。

 

モーツァルトをすすめる7つの理由

前置きが長くなりましたが、メンタルを含めた心身のケアになぜモーツァルトの音楽が適しているのか、私なりに考察した7つの要因をご紹介します。

(1)テンポが一貫している
人間の血圧や脈拍などのバイタルサインは、急な外界環境の変化に戸惑います。モーツァルトの曲は、同じ曲、あるいは同じ楽章のなかでは曲の流れが一定で、多くが1分間に120拍または90拍で一貫しています。じっくりと響く切ないメロディーでは1分間60拍のものも多いです。

(2)強弱が少ない
クレッシェンド(だんだん強く)やディミヌエンド(だんだん弱く)が少なく、フォルテ(強く)とピアノ(弱く)の急激な転換が少ない(オペラを除いて)ことも、モーツァルトの音楽が聴きやすく、心身を整えるのに適している要因のひとつでしょう。

(3)長調の曲が多い
モーツァルトの曲は、調性がハ長調、ニ長調、ヘ長調、変ロ長調のものがほとんどです。ちなみに、ケッヘル番号(作品番号)がついている600曲余りのうち、調べられた406曲における長調の数は、次のようになっていました。

ハ長調 82曲
ニ長調 70曲
へ長調 63曲
変ロ長調 59曲
ト長調 45曲
変ホ長調 40曲
イ長調 16曲
ホ長調 1曲

短調の曲は1割以下(調べられた406曲中、30曲)ですが、いずれもよく知られた名曲、大傑作ばかりです。いくつか挙げてみましょう。

『レクイエム K626』(ニ短調)
『交響曲第25番 K183』『同第40番 K550』(ともにト短調)
『幻想曲 K397』(ニ短調)
『ピアノソナタ第8番 K310』(イ短調)
『同第14番 K457』(ハ短調)
『ピアノ協奏曲第20番 K466』(ニ短調)
『同第24番 K491』(ハ短調)
『ヴァイオリンソナタ第28番 K304』(ホ短調)

しかし、モーツァルトは、長調で哀しさを表現できる天才だと私は思っています。

(4)金管楽器、パーカッションが少ない

心身を整えるために聴くには、楽器構成がシンプルであるほうがいいでしょう。モーツァルトの曲でとくにおすすめできるのは、ピアノ単独曲(ピアノソナタ)か、弦楽器のみ、あるいは、それらに木管やヴァイオリンが活躍する交響曲、協奏曲です。

(5)和声(ハーモニー)の展開が明るい
「ドミソ」の和音に代表される長三和音といわれるものがほとんどなので、明るく楽しい展開が多い一方、ときに、突然ドラマティックな予想外の転調があります。

これが、たまに交感神経を高めるスパイシーな刺激となります。副交感神経だけではなく交感神経を刺激するような変化が短めにあるのも、自律神経のバランスを整えるうえで大変良いところです。

(6)音響的に良い成分が多い
モーツァルトの音楽は、他の作曲家の曲に比べて4000ヘルツあたりの高い周波数を多く含むとともに、「1/fのゆらぎ」成分も多いといわれています。1/fのゆらぎ成分とは、小川のせせらぎや波の音、心臓の鼓動のような自然界によくみられ、不規則のようでいて調和のあるゆらぎのことです。

このゆらぎ成分は、人の生体リズムと共鳴し、快適さや心地よさを与え、精神の安定をもたらしてくれます。リラックス効果との深い関わりがあり、副交感神経に効果的に作用します。

(7)パターンで認識しやすい
音楽を認識する際、私たちは、大脳に入ってきた情報を統合して意味を与えることで認識しています。このとき、情報は小さなユニットにして細かく刻んであるほど入りやすいといわれています。

モーツァルトの音楽は、たとえばピアノ演奏を聴くと、「ドソミソ」「ソシレソ」といったパターンで演奏されていることが多いため、音楽のもつ旋律・和声・リズムといった構造として捉えやすく、パターン化して耳に入りやすいという特徴があります。

ゆえに、大脳機能の賦活化に有効で、特定の作業などと組み合わせることで作業効率が上がったり、認知機能の改善訓練につながったりします。

日々のメンタルケアには穏やかなテンポの曲を、そしてできれば、穏やかななかにハッとするようなきらめき、仕掛けがあるような音楽をお聴きください。その代表が、モーツァルトなのです。

 

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