わたしたちヒトと同様に、昆虫たちも婚活をする。ただし、虫たちの婚活事情は穏やかとは言い難い。自身の遺伝子を遺すため、あれやこれやと緻密な作戦を練り、計算高く狡猾な婚活戦線をそっと覗いてみたい。
※本稿は、アンヌ・スヴェルトルップ=ティーゲソン 著『昆虫の惑星 虫たちは今日も地球を回す』(&books/辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
昆虫たちの“婚活”事情
地球の生きもののなかでも、昆虫はとりわけ繁栄している。種の数が多いだけでなく、個体数そのものも多い。昆虫は小さくても適応力があり、繁殖にもひじょうに熱心だから、こんなにも栄えているのだ。
ヒトの前腕サイズの巨大ナナフシのように例外的に大きい昆虫もいるにはいるが、ほとんどの昆虫は小さい。翅のない雄のコバチは、ヒトの髪の毛の断面より小さい。昆虫たちはその小ささを利用して敵から隠れたり、大きな生きものが目もくれない資源を活用したりして、生き抜いている。
昆虫は驚くほど環境への適応力が高い。
さらに昆虫は繁殖能力もずば抜けている。ショウジョウバエのつがいを1年間、生息に適していて敵がいない環境に置いたとしよう。
雌のショウジョウバエは、1匹が約100個の卵を産む。すべて無事に成長し、その半分が雌だったとして、それぞれが100個ずつ卵を産んだとしよう。1年後には25世代目が生まれている計算だ。
約1,000,000,000,000,000,000, 000,000匹の、小さくてかわいらしい赤眼のショウジョウバエたち!この数字を実感するために、1,000,000,000,000,000,000, 000,000匹のショウジョウバエを固めて丸めた大きな玉を想像してほしい。
その玉の直径は、地球と太陽の距離を超えるものになる。さいわい、ショウジョウバエを捕食する生きものも多い。さもなければ地球にヒトが生きる空間はなかっただろう。
ヒトにとって好都合なことに、昆虫の卵のほとんどが孵化まで漕ぎつけられない。なんとか 孵化しても、大半が餓死するか捕食されるかして、次世代に命をつなぐには至らない。
昆虫ライフは甘くないのだ。昆虫たちは少しでも生存確率を上げるべく、長い年月をかけてさまざま な戦略を編み出してきた。とりわけ"婚活"、つまりパートナー探しと繁殖の方法の多彩さには、目を見張るばかりだ。
交尾をめぐる闘い
昆虫は感覚器官を駆使して、パートナー獲得の厳しい競争に挑む。首尾よく相手を見つけてもゴールはまだまだ遠い。「どのようにして、自身の遺伝子を可能なかぎり多く次世代に渡すか」という問いへの答えは、雄と雌でまったく異なる。
雌としては短期間に複数の雄と交尾し、「受精嚢」と呼ばれる袋に精子を貯めておくのが合理的な方法だ。だが雄としては、自分の子孫をできるだけ多く確実に残したいので、これは歓迎できない。
そこで雄の多くは、ひしゃくやスプーンのような器官のついた、多機能ナイフさながらの生殖器を携えて雌のもとにやってくる。受精嚢にすでに入っているライバルの精子を掻き出してしまうためだ。
交尾のあと、雌の生殖器にしっかりと栓をして立ち去る雄もいる。いわばお手製の貞操帯のようなもので、雌が以後は交尾できないようにするのだ。
けれどもこの作戦の効果は限定的で、あとから来る雄は、研究者が呼ぶところの「スクレイパー(こすりとるもの)」あるいは 「フック(ひっかけるもの)」を使って栓をはずし、おのれのモノが入るようにしてしまうことがある。このように、昆虫たちの交尾はロマンチックとはいいがたい。
雄は自身の精子をできるかぎり多く送りこんだあと、雌がほかの雄の相手をする時間を極力奪いたい。そのためには「できるだけ時間をかけて交尾する」ことだ。
世界中に生息するミナミアオカメムシは、10日間も交尾を続けられる猛者である。それでもインドナナフシには遠くおよばない。信じがたいことに、インドナナフシは79日間も"くっついて"過ごす姿が目撃されている。
長時間の交尾を終えたあとも、雄は気を抜けない。ほっそりとしたアオイトトンボが2頭で ハートマークをつくって飛んでいることがある。その姿からロマンスを連想するのはヒトの勝手な思いこみだ。アオイトトンボの雄は、交尾によって受精した卵を雌が水草の上に産みつけるまで、ほかの雄と交尾しないように見張っているのだ。