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くらし

非情、狡猾、残忍...本当は怖い「昆虫たちの結婚と育児」

アンヌ・スヴェルトルップ・ティーゲソン(著),丸山 宗利(監修),小林玲子(訳)

2022年04月05日 公開 2022年05月30日 更新

 

アブが「ビヨンセ」と命名された2つの理由

ヒトの世界にも「女王蜂」がいる。「クイーンB」といえば歌姫ビヨンセ・ノウルズだろう。数年前、彼女は思いがけない形で昆虫の知名度アップに貢献した。新しく発見されたアブの一種がスカプティア・ビヨンセアエ(Scaptia beyonceae)と命名されたのだ。

このアブがビヨンセと名づけられた理由は二つ。まず、初めて採集されたのが彼女の生まれた年と同じ1981年だったこと(ただし当時は新種と思われず、長いこと名前もつけられずにいた)。

さらに大きな理由は、そのアブがみごとな"美尻"だったことだ。金色の毛に包まれたアブの尻を見て、研究者たちはタイトできらびやかな衣装に身を包んだビヨンセの姿を連想した。

わたしとしては、いずれ女性の昆虫学者がもっと増えて、発見した昆虫の肩幅の広さや割れた腹筋のような腹部——多くの女性が男性の魅力と感じるもの——にちなんで昆虫を命名する日が来るといいと思う。

ヒトのビヨンセは、おそらくそんな昆虫の世界の騒ぎに気づいていなかっただろう。ビヨンセアブが発見されたのは、彼女の活動範囲から遠く離れたオーストラリア内陸部だ。

ビヨンセアブをふくむアブのなかまは、花を訪れて受粉を手助けするが、もっぱらヒトや家畜にとって不愉快な存在とされている。血を吸われれば痛いし、動物のストレスの原因になるし、さらに病原菌をばらまくからだ。ビヨンセ本人が、ビヨンセアブの命名を喜ぶかは疑わしい。   

その頃ビヨンセは、「世界を回しているのはだれ?」と歌っていた。ヒット曲「ラン・ザ・ ワールド(ガールズ)」だ。自然界を意識して作詞したわけではないだろうが、地球上の生きものを片っぱしから数えてみると、雌のほうが多いのだ。

それは昆虫の雌の多さによる。バクテリアや雌雄同体、はっきりした性別をもたない生命体をのぞいて、生物の雄と雌の比率を調べると、昆虫ではあきらかに雌が支配的だ。ミツバチの働きバチなど、想定される個体数の830億匹すべてが雌だ。

昆虫の世界の最大勢力とされるアリも、働きアリは1匹残らず雌だ。比較的数が多いアブラムシのような昆虫も、1年のある時期は雌が数的優位にある。

水中の生きものを数に入れたら、雌の数的優位はどうなるだろう? 海では水中版の昆虫と呼ぶべき、カイアシ類のような小さな甲殻類が圧倒的な数を誇っている。性別の比率は昆虫に比べると均等に近いが、それでもやはり雌が多い。

地球全体に分布する家畜や家禽も、雄牛や雄鶏は数で雌にかなわない。もちろん扁形動物やカメのなかには、雄のほうが多い種もあるが、全体のバランスの偏りを修正するほどではない。ビヨンセは正しかった。総合的に見ると、世界を回しているのはやはり"ガールズ"なのだ。

 

イクメン昆虫

幼虫の世話をし、餌をあたえる昆虫はほかにもいる。社会性昆虫の場合は、おおぜいの"姉たち"が乳母として"妹たち"の面倒を見る。母親もなまけているわけではない。シロアリの女王など、生涯を通して3秒に1個のペースで卵を産んでいる。親がそれだけ忙しければ、"上の娘たち"の手を借りるしかない。

細長くて茶色いハサミムシの雌は"世話焼き"な昆虫といえるだろう。卵の様子に目を配り、カビの胞子がついたら払ってやり、カビや胞子の繁殖を防ぐといわれる物質で卵の表面を洗う。

幼虫が生まれると、餌をとってきてあたえる。実験によると、ハサミムシの雌がかいがいしく世話をすることで、卵が孵化する確率は4パーセントから77パーセントに上昇するそうだ。シデムシも負けず劣らず"子煩悩"だ。

もちろん昆虫でも、育児は雌だけの仕事ではない。コオイムシ科の水生昆虫には、雄が積極的に卵を預かる種がある。交尾のあと、雌は雄の背中に30〜40個の卵を整然と並べて産みつけ、世話を任せる。雄は卵が乾燥したり水没したりしないよう注意しながら、水面を漂う。

雄が卵を背負って過ごすあいだ、雌は独身生活を満喫する。男女同権の先進国とされるわたしの祖国ノルウェーに、コオイムシ科の昆虫が一種もいないのは残念なことだ。

なかには大胆不敵かつ残忍なやり方で育児をする昆虫もいる。子どものそばで餌をやる代わりに、ほかの生きものの体内に卵を産みつけるのだ。そうしておけば孵化したあと、幼虫は新鮮な肉に不自由しないというわけだ。

 

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