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くらし

非情、狡猾、残忍...本当は怖い「昆虫たちの結婚と育児」

アンヌ・スヴェルトルップ・ティーゲソン(著),丸山 宗利(監修),小林玲子(訳)

2022年04月05日 公開 2022年05月30日 更新

 

さまざまな“道具”

厳しい競争を勝ち抜くには、交尾の"道具"にも工夫が欠かせない。ショウジョウバエの一種の雄を見てみよう。

キッチンではお目にかかりたくないこの小さな昆虫は、精子の長さのギネス記録保持者だ。長さはなんと約6センチメートル、体の20倍にもなる。ヒトに置きかえると、40メートル(ハンドボールコートの長いほうの一辺)になる。どうしたら、こんなことが可能なのか?

それはこの昆虫の精子が、ゆるく巻かれた細い糸のようなものだからだ。このショウジョウバエの雌の受精嚢は約8センチメートルと、これまた極端に長い。精子が長ければ長いほど、らせん状になった受精嚢を占領して、ライバルの精子が卵子にたどりつく機会を奪うことができる。かくして、精子競争に勝利する可能性が見えてくるというわけだ。

近年、殺虫剤への耐性を身につけて世界中で脅威となりつつある小さな厄介もの、トコジラミの"道具"も興味深い。トコジラミの雄は、いわゆる前戯など知ったことではない。

雌の生殖器の入口を探す時間も惜しいといわんばかりに、雌の腹にペニスをずぶりと突き刺す。あとは精子が雌の体内をめぐって、卵子にたどりつくのを待つだけだ。おかげで雌は深手を負い、ほかの相手と交尾できなくなることも多い。自分の遺伝子を確実に残したい雄にとっては望むところだ。

だが雌もやられっぱなしではない。雄に刺される部位は硬く、傷が浅くなるように進化している。昆虫の雄も雌も工夫を凝らして、生存のための交尾という闘いにのぞみ、最も望ましい結果を手に入れようとしている。

 

雌も負けてはいない

少し前まで昆虫研究者の大半は男性で、そのせいか昆虫の生態の観察や分析も、男性の視点でおこなわれることが多かったように思う。けれども最近ではそのような偏りも減り、昆虫の雌が自分の優位を確保するためにしたたかにふるまうケースも数多く知られるようになってきた。

たとえば雌のなかには、交尾を終えると雄を丸ごと食べてしまうものがいる。昆虫の遠い親類、クモのあいだではよく見られる行為だ。

アメリカに生息するあるクモの雄は、射精と同時にペニスが破裂し、そのまま"腹上死"する。雌は雄の亡骸を食べる。自分の体重の14分の1しかない相手だが、それでも貴重なタンパク源だ。交尾後は何百個も卵を産むのだから、食べられるものは食べておかなくてはいけない。

交尾後に相手を食べる行為は「性的共食い」と呼ばれる。カマキリもそれをおこなうことで知られているが、カマキリの雄が雌の餌になる確率は、人工的な飼育環境で交尾したときのほうが高いという研究もある。

カマキリの雌の戦略は、性的共食いだけではない。一つあげるなら、精子の選択だ。ほとんどの昆虫の場合、精子は雌の体内の受精嚢にいったん保存され、受精するタイミングを待っている。どの精子をとっておいて受精に使うか、雌はいくつかの手段でコントロールしている。

これはカマキリ以外でもよく見られることだ。ある研究者が巧妙かつ少々残忍な実験を通して、雌の「精子の選択」について検証した。実験に使われたのはコクヌストモドキという甲虫の一種だ。研究者はまず雄雌それぞれを二つのグループに分け、雄の半数は餌を厳しく制限した。

このグループは衰弱し、精子の状態も疑わしくなった。研究者は雌の半数はあえて殺してしまい、死体をその場に放置した。それからコクヌストモドキの雌雄を対面させると、飢えた雄と栄養満点な雄はともに、生きている雌とも死んだばかりの雌とも交尾に励んだ。

その後、研究者が死んだ雌の受精嚢を調べると、飢えた雄の精子と栄養満点の雄の精子が同じくらいずつ貯えられていた。いっぽう生きた雌の受精嚢には、栄養満点の雄の精子のほうがはるかに多かった。

コクヌストモドキの雌は、交尾と受精のプロセスに主体的にかかわっており、状態のよい精子がより受精しやすくなるように何らかの操作をしているのだ。

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