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爽快お仕事小説『書店ガール』 このお店は私たちが守る!

碧野圭

2012年03月16日 公開 2015年05月14日 更新

爽快お仕事小説『書店ガール』 このお店は私たちが守る!

《PHP文芸文庫『書店ガール』より》
 

一冊の本が人を救うことはある。力を与えてくれることはある――そう思うだけで、なんだかむくむくと元気が出てくる。碧野圭が本書『書店ガール』で描こうとしたのは1つの書店の攻防ではなく、私たちと本を結び付けるそういう濃い繋がりなのではないか。そんな気がしてならない。(文芸評論家 北上次郎氏の「解説」より)

<ものがたり>
吉祥寺にある書店のアラフォー副店長 西岡理子〈りこ〉は、はねっかえりの部下 北村亜紀の扱いに手を焼いていた。協調性がなく、恋愛も自由奔放。仕事でも好き勝手な提案ばかり。一方の亜紀も、ダメ出しばかりする「頭の固い上司」の理子に猛反発。そんなある日、店にとんでもない危機が……。書店を舞台とした人間ドラマを軽妙に描くお仕事エンタテインメント。本好き、書店好きの方におすすめします。

(以下、内容の一部をご覧ください)


【7】
 「なぜ、駄目なんですか」
 亜紀は書類を片手に理子に食ってかかる。
 「駄目なら駄目で、ちゃんと理由を言ってください」
 「何度言えばわかるのかしら。その企画はうちの店に向いていないってことよ。うちの客層がどんなものか、知らないわけじゃないでしょ。うちが老舗だからあえて足を運んでくださるお客様というのは、高年齢、高所得、どちらかといえば保守的な方々なのよ」
 「だからこそ、別の客層を開拓すべきではないのですか。もっと若い層の集客を図るためにこういう企画は必要だと思います」

 亜紀が書いたのはサイン会の申請の書類。BL(ボーイズ・ラブ)で最近、注目を集めている漫画家、桂寧々のサイン会を企画した。しかし、作家がBLということに、副店長の理子が難色を示した。

 「とは言っても、わざわざフアン層が限定されている作家でやる必要はない。うちよりもこの人だったら、コミック専門店向きでしょう。もし、コミックでやるにしても、もっとメジャーな作家の方がいいじゃない」
 「だけどこの人は最近、人気が急上昇しているし、サイン会は初めてだし、絶対、お客は集まります」

 この地区ではペガサス書房の規模が一番大きいといっても、コミックの売り上げに関してはすぐ近所のコミック専門店に大きく水をあけられている。だから、この地区で漫画家がサイン会をするとしたら、まずそちらが選ばれるのだ。亜紀にはそれがくやしい。売り場面積から言えば、それほど差をつけられるはずはないのだが。

 「この作家の売り上げはどうなの、畠田さん」
 と、西岡は聞く。畠田はパソコンをいろいろ検索して、
 「そうですね。一巻あたり十二万部から十五万部ってとこでしょうかねえ。ここのところ初版部数が増えているので、力をつけてきてはいると思うのですが」
 「コミック作家としては、微妙なところね。BLとしても、決して大きな数字じゃない。これでほんとにお客が来るのかしら」
 「そうですねえ、このクラスだと、集客もなかなか厳しいかと」
 理子と畠田はそろって否定的な見解を述べる。データや前例で判断すれば、あまりいい数字でないことは亜紀にもわかってはいた。でも、あえてそれを仕掛けたい理由がある。
 「確かに先物買いです。でも、だからこそ意味があるんです。どこよりも早くこの作家に注目しているということをアピールするのが狙いですから」

 亜紀には簡単に譲れない理由があった。棚を入れ替えてBLを充実させたことで、微妙に数字が上がっているのだ。「この店は結構、充実しているね」というBLファンの声も売り場で聞く。だったら、それを徹底させようと思っている。そのために、自分でもBLの勉強を始めた。棚ももっと充実させたいと思っている。それだけでなく、新進気鋭の桂寧々のサイン会をいち早く仕掛け、「BLに強い店」とフアンに認知させたいのだ。

 「意欲はわかるけど、この作家について言えば、サイン会は時期尚早じゃないかしら。お客が集まらなかったら、それはうちの店だけじゃなく、作家さんにも申し訳ないことになるのよ」
 客が集まらないサイン会ほどみじめなものはない。店にとっても準備に掛けた経費や人件費が無駄になるが、なにより作家自身がダメージを受ける。もちろん、整理券の配付状況を見て、集客が難しいと判断した場合は、事前に版元や書店でサクラを用意することもある。書店員自身がお客のふりをして並ぶことだってあるのだ。

 だが、それでも足りないことがある。お客のいない机の前で悄然と立っていた作家を理子は見たことがある。十年以上も前のことだ。好きな作家だったし、理子自身が企画したので胸が痛んだ。以来、安易にサイン会はやるまい、と理子は決めていた。

 「だけど、絶対お客は来ます。いえ、集めて見せますから」
 亜紀はなおも食い下がる。これはただのサイン会以上の意味がある。自分たちの売り場のこれからを決めるものになる、と思っているのだ。
 「それに、サイン会と言っても、単価の安いコミックが対象ではね。掛けた手間や経費に見合う利益を上げることができるのかしら」
 書店がサイン会を企画するのは、それによって売り上げを伸ばすためだ。だから、単価の高い単行本を対象とするのが普通だし、当該商品以外の関連商品の売り上げが伸びるようなものの方が望ましい。コミックの単行本は定価が安いので利益が少ない。おまけにコアなファンがついている場合、すでに過去の作品を持っている場合が多い。だから、関連商品の売り上げもそれほど伸びないことを理子は経験的に知っていた。

 「版元も全面協力してくれると言っていますし、責任をもって整理券を配付してくれると言っています。うちの店には迷惑は掛けません」
 しかし、版元にとってサイン会をすることは少し意味が違う。サイン会によってある一店舗の売り上げが一日だけ伸びたところで、全体から見れば小さな数字だ。コストパフォーマンスはよくない。むしろ、サイン会によってその店との関係性を深めることの方に意味がある。一度のサイン会だけのことでなく、その後も継続的にその店といい関係を築くための営業的な手段でもあるのだ。

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