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猪木の顔面を毒霧で染めた...超大物にも動じない「グレート・ムタの世界観」

武藤敬司(プロレスラー)

2022年05月25日 公開

 

猪木とムタだからこそ作れた「競技っぽくない間」

猪木さんは、もうキャラクターが完璧に出来上がっている人だからさ。出てくるだけで、会場の雰囲気も出来上がってしまうよ。そういう意味でも福岡ドームでのファイナル・カウントダウンでは入場から、いい絵ができたと思う。

猪木さんが入場してくると、先にリングインしていたムタがロープを上げて、にらみ合いになった。入場曲も止まって、緊迫感のある、いいシーンになったよ。

この試合は、もう入場の時点で掴みはOKだった。場内がシーンと静まり返って、「静の試合」になってね。この入場時のムタと猪木さんで作った間って、長州さんとは絶対にできないからさ。

ムタと猪木さんによる「競技っぽくない間」だよな。長州さんはゴングが鳴ったら、すぐに相手を詰めにかかるからね。これはそんな人には絶対できない間だよ。

試合開始早々にムタが這いつくばった状態から猪木さんに向けて毒霧を吹いたけど、あれも掴みのひとつだよ。そうすることで、客が試合に集中するんだ。その後、グラウンドの攻防になって、ムタは何気なく猪木さんに卍固めを仕掛けているんだよね。これも客を惹きつけるテクニックだよ。

序盤でチンタラやっていると、その空気を最後まで引きずってしまうこともあるからな。

こういう立合いができるレスラーは、少なくなったよ。プロレス自体が変わってきたこともあるけど、緊迫感のある立合いは重要だと思う。タックルひとつにしても、本物のタックルを持っている選手がやれば、そこに緊張感は出るからね。そういう本物を持ってないレスラーが今は多いのかもしれないな。

 

猪木の顔面をクリスマスカラーに染める

試合の途中で会場の照明が消えるけど、これは俺が前もって担当者に言って消させたんだ。この試合で俺が描きたかったのは、真っ暗な中でムタと猪木さんの動きを追いかけるようにピンスポットがリングに当たるという絵だったよ。

だから、もう少し暗くなるかなと思っていたけど、意外にそうでもなかったという印象がある。ただ、映像で見直すと、薄暗い中で動き回るムタと猪木さんは、いい絵になったと思うよ。

特に緑の毒霧と流血で汚れた猪木さんの顔面は良かったね。猪木さんの顔をあれだけ汚してしまえば、その時点でムタの勝ちだよな。さらに猪木さんはよだれも流して、いい感じの仕上がりだったと思う。

染まった色が緑と赤で季節外れのサンタクロースみたいだし、あのクリスマスカラーは最高だったよ。

この試合でも、ムタは照明用の縄梯子を使ったターザン殺法をやった。あれは柔らかいから、実は登りづらいんだ。この日のムタも自由気ままに動き回っていたし、俺としてはいい試合だったなと今でも思うよ。試合の終盤ではムーンサルトプレスを連発して、ダメ押しでドラゴンスープレックスまで出した。

映像を見ると、確かにムタがやりたい放題だよ。でも、猪木さんのパンチもいい味を出していたよな。あのパンチがまた痛えんだ。

 

馬場さんとムタの試合をやってみたかった

試合の後で猪木さんが怒っているって話を聞いたことがあるけど、怒るエネルギーがあったら引退するわけがないんだよ。案の定、ファイナル・カウントダウンはカウントアップして、結局引退したのは、この試合から4年後だからね。

まあ、俺としては猪木さんとの試合は経験として大きかった。ホーガンもそうだけど、普通、俺らの世代のレスラーがこの世代のレスラーとシングルマッチなんて、なかなかできないからさ。

欲を言えば、グレート・ムタvsジャイアント馬場をやってみたかったという思いがあるよ。馬場さんと試合をやるなら武藤敬司じゃなくて、やっぱりムタだね。馬場さんとは会ったことがないけど、どう考えても絵的に面白いと思うんだよ。

ただ、俺はやっぱり猪木イズムで育ったレスラーだな。猪木さんとムタの試合を見直して、改めてそう思った。武藤敬司もグレート・ムタも、猪木さんと似たようなプロレスをやっているよ。

絶対に馬場イズムじゃない。だからこそ、馬場さんとムタの試合はやってみたかったという思いがあるんだ。

 

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