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日本の雇用流動化を促す「インターネット的な会社」とは? サイボウズ人事の提言

髙木一史(サイボウズ人事部)

2022年07月29日 公開 2024年12月16日 更新

 

情報共有のコストを下げ、教育の機会を増やす

家庭生活にかかるお金の問題(社会保障)、会社間を移動するときのハードルの問題(外部労働市場)、これらがクリアできたあと最後に残る大きな難問、それは教育システムです。

先に触れたように、欧米などと比較して、日本社会は教育と職業のつなぎこみが十分とは言えず、職業に関する教育訓練は、そのほとんどを企業内での育成に依存しています。

そのような状況で、もし企業が即戦力だけを求めるということになれば、これまで新卒一括採用が機能していたからこそ低かった若者の失業率は上がり、くわえて、公的・私的な教育訓練も発達していないとなれば、日本の若者は就職が困難になってしまいます。

そのため、今後も多かれ少なかれ、企業が人を育成していくしくみは残し続けていく必要があると考えます。

今回取材した企業の多くも、人材育成に力を入れていくことには前向きでした。

ただし、これまでの会社の考え方からすれば、これだけの教育コストをかけられるのも、長期に渡ってさまざまな仕事をやってもらう必要があるからであって、職務や時間・場所といった条件を限定し、一生一社に勤めることを前提としていない人たちに対して、企業がどこまでコストをかけて教育するのか、という問題は残ることになります。

しかし、これも情報技術の力を使って、教育のコストを下げていくことはできないでしょうか。「徹底的な情報共有」が進むということは、上司や周りの先輩も含めて仕事のやり方が共有されているということです。

デジタルツールを使って、社内の、あるいは職場内のナレッジをだれでも引き出せるようにしておけば、いまより低いコストで人材の育成を進めることができるのではないでしょうか。

もちろん、実際には情報を共有されているだけでスキルを向上させることはむずかしく、業務をやりながら仕事を覚えていくのが本筋だと思います。しかしそれも、多様な距離感での就労が可能になることで、仕事に従事しながら学べる機会が増えていく可能性はないでしょうか。

実際、サイボウズの社内では、いまいる職場での仕事がマッチしなくなってきた場合に、(もちろんチーム側にニーズが存在していればという話ですが)他部署の一部業務だけを体験入部や兼務といった形で経験し、スキルを身につけつつ最終的に異動する、というケースが存在しています。

ある意味、一部の業務についてのみ職場OJTで教えてもらいながら、徐々にリスキル(学び直し)を図っている、と言えるかもしれません。

また、これまで会社の外にいた人たちがメンバーシップの内側に入ることができるようになり、そうした人たちにも平等に情報が共有されていけば、さまざまな学習を受けるチャンスも増えていくのではないでしょうか。

徹底的な情報共有や、多様な距離感を認めていくことで企業内職業訓練のコストを下げ、機会を増やすことで、なんとか企業の育成機能を維持していくことはできないでしょうか。

もちろん、社会保障の話と同じく、条件を限定した働き方の人たちが増え、学生のころから特定の職務についての技能を身につけることに対するニーズが高まっていくのであれば、自然と日本の教育のあり方の見直しにもつながっていくことになると思います。

それでも、まずは会社が人を育てるという機能を可能な範囲で維持しつつ、少しずつ移行していくことが望ましいのではないか、とぼくは考えています。

 

マイノリティのためのしくみづくりは、会社の競争力を底上げする

ここまでぼくが書いてきたことの多くは、いまある社会全体のリソースをどうすれば最適に配分できるか、という話に終始しており、ややもすれば「それだとみんなが少しずつ貧しくなっていくだけではないのか」という印象を持たれるかもしれません。

しかし、それはまったく、ぼくの本意ではありません。いちばんの理想は、企業がもっと生産性を向上させ、いままでより高い付加価値を生み出していくことで、社会全体で賃金の底上げをはかっていくことだと思っています。

「インターネット的な会社」は、これからの時代における会社の競争力を強化するものだとぼくは信じています。

働く1人ひとりが、自分が最もパフォーマンスが出せる環境を主体的に選択し、これまで借りることのできなかった多様な仲間たちの力を借りることができ、そして、そんな主体的で多様な人たちが生み出していく知恵を上手く共有し、重ね合わせていくこと。

これがインターネット的な会社における競争力だと、ぼくは考えています。また、インターネット的な会社の最大の強みは、「変化に強い」というところにあります。

今回、サイボウズも含めて13社の企業を取材して、いままで会社のなかでマイノリティだった人たちに選択肢を増やしていく、あるいは、しくみをつくることで「あなたたちの力が必要です」というメッセージを出す事例を数多く見てきました。

正直、ぼくも今回の取材を終えるまでは、マイノリティのために人事制度の選択肢を増やすことがどうして組織の強さにつながるのか、明確に言語化できていたわけではありませんでした。選択肢を増やすことは一部の人のためになるだけではないかと。

しかし、いまのぼくはその考え方を改めました。

現在サイボウズで働いている人のなかで、時間という意味で週5フルタイム以外の働き方をしている人は全体の15%程度です(働く時間帯や残業時間の限定にまで目を配れば、さらに多様な働き方の人が存在していますが)。

また、副業をしているメンバーもマジョリティ層だとは言えません。かくいうぼく自身、週5フルタイムで勤務し、副業をしているわけでもありません。

ぼく自身は個性を重視するしくみの直接的な恩恵を受けていないのです。それでもぼくはいま、マイノリティのために選択肢を増やすことが組織を強くしていくと確信しています。

その確信を得たのは、会社に不測の事態が起きたときのことでした。新型コロナウイルス感染症の流行です。

コロナ禍になる前、サイボウズ社員のオフィス出社率は7割程度でした。しかし、現在は9割がテレワークをしている状況です。このテレワークへの移行にあたっては、すでに2012年に選択肢を増やしていたことで比較的スムーズな移行をすることができました。

これは、社内ではまだマイノリティ層だった、テレワークを希望する人たちがほかの出社する社員と同様に活躍できる環境を構築してきたからこそできたことです。

不測の事態は、言葉どおり、いつ起こるかはわかりません。そして、いまの時代、いつ自分がマイノリティ側になるのかもわかりません。もしかすると、いまはマジョリティになっている人たちがマイノリティになる可能性もあります。

たとえば、現在日本社会でマジョリティ(デフォルト)とされている無限定正社員も、もともとは専業主婦のパートナーを持つ男性を前提とした働き方であり、少子高齢化が進み、共働きも当たり前となった現代社会では、業務内容や時間、場所を個別に限定した働き方がマイノリティからマジョリティに変わっていくかもしれません。

そう考えれば、マイノリティのために選択肢を増やしていくことは、決して単なる「やさしさ」ではなく、この不確実な時代において、自分や会社のフェーズが変わったときのことを見据えて安心して働ける環境をつくり、かつ、いち早く変化に対応するためには必要なことだと言えるのではないでしょうか。

 

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