部下のスキルが低く、仕事を任せられないと考えている人はいないだろうか。たしかに経験の浅い部下よりも、自分で作業した方が効率もいいし、出来栄えも満足いくものになるだろう。
しかし、伊庭正康氏は「任せない」ことは、部下の成長機会を奪うことだと自覚しなければならないと指摘する。
※本稿は、伊庭正康『できるリーダーは、「これ」しかやらない』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
経験が邪魔していないだろうか?
もし今、あなたが部下や同僚に仕事を任せていないとするなら、あなたはきっとプレイングリーダーであり、部下よりもその仕事に精通しているのではないでしょうか?
また、部下の仕事のクオリティを見て、自分と比較すると決して満足できるレベルではない、とも考えているのではないでしょうか? 多かれ少なかれ、"その業務"に精通していると、こだわりが生まれてしまい、よほどの理由がないと人に任せられなくなるものです。
部下のスキル不足が原因で「任せられない」のではなく、自分がやったほうがベターだと思っているので「任せたくない」、これが本当のところなのです。
白状しますと、かつての私はそうでした。部下を信用していないわけではありませんでしたが、"その業務"に精通しているために、細かい点が気になるのです。企画書の色使いやフォントまで気になります。なので、自分で作成したほうが早いと考えてしまうのです。
営業に同行した時もそうです。商談の肝がわかるので、つい、上司の自分が商談までしてしまうこともありました。これでは、部下の出番を奪ってしまいます。
部下には、自分の姿を見て同じようにやってくれればいい、と考えたりするわけですが、それはエゴでしかないのです。
もし、世の中が自分レベルの人ばかりだったら?
私には変な想像癖があり、ある時、こんな想像をしたことがあります。人類全員が私レベルの能力なら、縄文時代のままだっただろうな、と。
良い狩猟の方法はわかっても、稲作はもちろんできなかったでしょう。仏教を学ぶためにリスクを冒してまで遣唐使になる覚悟はサラサラなかったでしょうし、それどころか、未知の国や文化に脅威すら感じたかもしれない、と思ったりもします。
バカな喩えに感じられたかもしれませんが、要は1人でできることはたかが知れている、ということです。「早く行きたければ1人で進め、遠くまで行きたければ皆で進め」というアフリカのことわざを道しるべにするとよいかもしれません。
思えば、松下幸之助さんが採用した「事業部制」も、今では多くの会社にみられる「カンパニー制」も、組織の"皆"の力を最大限引き出すための仕組みと言えるでしょう。
自分以外の「他者の能力」を活かし尽くすことが、組織を成長させるリーダーの務めなのです。