日本人に多く見られるという"対人恐怖症"。この病の原因は、日本に受け継がれる「恥の文化」にあると考えられています。対人関係のストレスや不安から抜け出すには、恥の意識をコントロールすることが重要だそう。今回は、精神科医である和田秀樹氏がそのテクニックを紹介します。
※本稿は、『「気持ちの切り替えが上手い人」の習慣』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
恥を意識しすぎると、ストレスや心の病の原因に
最近の若い人たちを見ていると、本当に恥知らずだなと思うことが少なくないかもしれません。
人目をはばからず、いちゃいちゃするカップルや、顔や名前も隠さず、テレビに出ては自分たちの性生活を堂々と話す女子大生やOLの人たちを見て、この人たちに恥の意識はあるのだろうかと考えてしまうこともあるでしょう。また、若い人だけではなく、年配の人にも、厚かましい人が多くなったと感じることが多いのではないでしょうか。
有名な文化人類学者のルース・ベネディクトは西欧の文化が「罪の文化」なのに対して、日本の文化は「恥の文化」なのだと指摘しました。しかし、最近のこうした人たちを見ていると、もう「恥の文化」はどこかにいってしまったかのようです。そういう恥知らずな人が日本でも増えていることに、あなたは眉をひそめているのではありませんか。
ところが精神科医から見ると、恥知らずより恥を意識しすぎるほうが心を窮屈にしたり、ストレスになったり、ひどいときは心の病の原因になるのです。
日本にはかなり多いのに、欧米ではほとんど見られない心の病に「対人恐怖症」という病気があります。統計によると、圧倒的に男性に多かったこの対人恐怖症が、最近は女性にも増えてきているのだそうです。
これは、あまり親しくない人の前では極端に緊張したり、不安になったりして、対人関係からなるべく身をひこうというノイローゼの一種です。要するに人前での恥の意識が強すぎる病気といってよいでしょう。
日本における対人恐怖症の研究と治療の第一人者の内沼幸雄帝京大学教授によると、この対人恐怖症には、症状の進み方にパターンがあります。
最初は、人見知りでなんとなく人前にいるのが気恥ずかしかったり不安になったりというレベルで、そのパターンはさまざまなのですが、だんだん重くなるにつれ、自分の顔に注意がいくようになります。
まず、自分の顔が真っ赤になっているのではないかと意識し始めて、それが気になって仕事が手につかなくなったり、人に顔を見られるのを避けるようになります。これを赤面恐怖といいます。この時期には人に嫌われたり、人をしらけさせたりするのを恐れて、無理に明るく振る舞ったりすることも多いものです。
これがもっとひどくなると顔がこわばったり、自分の顔が相手に不快な思いをさせているのではと不安になり、人との話や会社や学校に行くのが恥ずかしさで耐えられなくなってしまいます。これを表情恐怖といいますが、このレベルになると、人前にいるのが恥というレベルを超えて恥辱を感じてしまうとされています。
さらにひどくなると、自分の視線は人に不愉快な思いをさせているので、自分が顔を向けると相手が変な顔をすると感じてしまいます。これを視線恐怖というのですが、こうなると自分の顔のために相手に迷惑をかけていると思って、恥どころか罪まで感じてしまうのです。
つまり、こういう対人恐怖症の人は、恥の意識がどんどんエスカレートして、症状が悪くなっていくのです。
「こんな自分でいいんだ」
では、なぜ、こんなに強く恥を意識してしまうのでしょうか?
1つには、日本人は対人関係や相手の気持ちを考えすぎることがあげられます。アメリカなどではいいたいことや権利をはっきり主張する人が好ましいとされているのに、日本では和を乱すのは嫌われるパターンです。KYということばが流行ったのもこの心理のためでしょう。
自分が周囲と調和していないとまずいという日本的なマナーにとらわれすぎた場合に、自分がちょっとでもおかしな表情をしていると感じると、気になって仕方なくなるのです。
もう1つ考えられるのは、これまで自己愛が満たされてこなかった人ほど、恥に敏感だということです。
人間は自己愛が満たされないと怒りを感じることもありますが、自己愛が満たされない場合に、怒りのほかに人間が感じる感情の代表的なものは恥だとされています。
小さいころから、周囲の愛情が充分で、ほめられたり注目されたりして自己愛が満たされていると、自信満々に生きていけるものです。しかし、それが満たされてこなかった人は、相手が思い通りの対応をしてくれない場合に、軽蔑されているとか、馬鹿にされているとかと感じて、怒りや恥を覚えてしまうわけです。そして、ここで恥を強く感じてしまうようなパターンの人が対人恐怖症になるのでしょう。
こうした対人恐怖症に陥らないためには、もっと自分のことを受け入れてあげること。多少欠点はあるし、みんなと合わないところもあるけど、「そんな自分でもまあいいや」とか「そんな自分が好き」と思えるならば、自分の表情も気にしなくて済むし、対人関係で必要以上に緊張することもありません。
つまり恥の意識が強すぎる人は、多少恥知らずと思っても、「これでいいんだ」と思い、自分のことを自分で認めてやれれば、ずっと対人関係が楽になるわけです。
ここで大切なのは、恥を感じないために無理をしないことです。時に恥の意識が強い人や対人恐怖の傾向がある人が、小心はだめだとか恥ずかしがってはいけないと虚勢をはろうとして、かえって恥知らずな行動をすることがあります。私が勧める「恥知らず」というのは、このようにわざと恥ずかしいことをするのではなく、これまで通りの自分を素直に受け入れて、それを恥ずかしいとは感じないようにしようということです。
悩みや不安が多いいまの世の中、「こんな自分でいいんだ」と思えた瞬間に肩の荷がおりて、気分がすっとするはずです。恥知らずを恐れずに楽に生きてみてはどうでしょうか?
和田秀樹(精神科医)
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒、東京大学附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学大学院教授(臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。老年精神医学、精神分析学(特に自己心理学)、集団精神療法学を専門とする。
主な著書に『受験は要領』『「がまん」するから老化する』『大人のための勉強法』『大人のケンカ必勝法』『心理学を知らずに仕事と人生を語るな!』(以上、PHP研究所)『人生の軌道修正』『テレビの大罪』(以上、新潮社)『まじめの崩壊』(筑摩書房)など多数。心理学、教育問題、老人間題、人材開発、大学受験などのフィールドを中心に、テレビ、ラジオ、雑誌などで精力的に活動中。