「誰も経験したことのない時代」をどう生きるか
2012年04月26日 公開 2023年01月05日 更新
欲望が涸れ、成熟や老成が「定常状態」を生む
――日本においては、江戸時代が一種の「定常状態」だったと聞いていますが。
そうですね。今、「日本も世界も『定常状態』に戻るべき」と考えている人は結構多いのですが、現実的にはむしろ逆で、「ずうっと成長していくのだ。成長していかなくてはいけない」という、ある種の強迫観念が世界を動かしていると思います。
――現実を冷静に見ると、右肩上がりを描くのはナンセンスであり、つまり、定常状態でよしとするのが妥当な気がしますが。
何度も言って恐縮ですが、日本の高度経済成長を主導した下村治さん(WEB編集担当注:池田内閣の参謀として所得倍増計画を設計した経済学者)は、1985年ぐらいの段階で、「日本は“縮小均衡”すべきだ」ということを言い始めたんです。この「縮小均衡」というのは、要するに「定常状態」と同義です。つまり、もう拡大は無理だと判断されたんですね。
つまり、下村さんは、「欲望は成長のエネルギーなんだけれども、どこかでそれがピークを迎えて、そこから先は、今度は自分を滅ぼすように働く。つまり、そういう段階に入った」ということを言っているわけです。もう、欲望が成長の原動力であるフェーズは終わっていると。欲望を抑制しながら生きていく術を、日本は学ぶべきだということですね。
先日、ある銀行の支店長をやっていた人と話をしたんですが、その方が、当時、何度も下村さんの講演を聴いたと。印象的だったのが、下村さんが「ゼロ成長、ゼロ成長」と繰り返しておっしゃっていたと。しかし、当時は、意味がわからなかったそうです。そこで、僕がその辺のことを説明したら、「やっと意味がわかりました」と。
結局、下村さんは、個人の欲望の総計としての社会の欲望(ややこしいですね。総消費を支える人々の欲望ということです)が経済を動かすことを論じていた。経済が成長していく段階、つまり発展段階においては、大衆の欲望も拡大再生産されるプロセスにあるということです。
――欲望が拡大再生産される?
ええ。利便性や安逸を得ると、もっと欲しいとなる。しかし、ある一定のところまで来ると、下村さん曰く"涸れてくる"、と。つまり、欲望自体の閾値(いきち)が下がってくるのです。しかし現実には、そうなっていませんね。
――欲望には本来は、閾値があるんですね。
「永遠に成長しなきやいけない」というのは、ある意味で子どもの理論なんです。子どもがどんどん成長する。しかし、ある時から、成長ではなく、成熟に移行し、そして老成へ向かうといった変化は、「成長していかなきゃいけない」という思考の中では、ネガティブなものとしてしか捉えられないんです。
では、成熟や老成には意味がないでしょうか。実は、非常に大きな意味があって、そのことを考えていくというのが、大人になるということなんですけれど、大人になりきれない思考や思想が、この間の世界を覆ってきたということなんです。
現実に世界の貨幣経済をすごい速度で回している人たちは、20代、30代の連中なんですね。ですから当然、そういう世界になるのだろうと思います。つまり、子どもが、子どもの原理で回している世の中なのです。
――「子どもが回している世界」とは、つまり、欲望が留まることなく膨らんでいく世界ということですか?
ええ、その通りです。
平川克美(ひらかわ・かつみ)
株式会社リナックスカフェ代表取締役
1950年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、内田樹氏らと翻訳を主業務とする株式会社アーバン・トランスレーションを設立。1999年、シリコンバレーのBusiness Cafe Inc.の設立に参加。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。2011年より立教大学特任教授。声と語りのダウンロードサイト「ラジオデイズ」の代表も務める。
著書に『反戦略的ビジネスのすすめ』(洋泉社)『株式会社という病』(文春文庫)『経済成長という病』(講談社現代新書)『移行期的混乱』(筑摩書房)『小商いのすすめ』(ミシマ社)『俺に似たひと』(医学書院)などがある。