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現代人なみ? 聞いてびっくり「古代ローマ人」の暮らし

2012年05月09日 公開

金森誠也(著述家、翻訳家)

【古代ローマ人の「住」】古代ローマはヨーロッパの摩天楼だった

最盛期のローマには100万人以上の人々が暮らしていた。当然、土地や住居は慢性的に不足し、ローマ市内に個人が所有している家はわずか1797軒しかなかった。では、そのほかの人たちはどのような家に住んでいたのだろうか。

信じられないかもしれないが、現代の高層マンションのようなインスラという集合住宅に住んでいたのである。ちなみにインスラとは「島」という意味で、多数の人が大きな建物のなかでひしめき合っている姿が、まるで島のように見えたのだろう。

紀元前218年の冬からその翌年にかけ、ローマでは不吉な現象が数多く見られた。その1つに、マーケットから逃げ出した牛が川沿いに建つアパートに入り込み、3階から飛び降りたという珍事があった。つまり、この時代からローマ市内に最低3階建ての住居があったというわけである。

ちなみに、この珍事はハンニバルがイタリア侵攻を行なう前兆とされ、ローマ市民たちを恐怖に陥れたのだった。

人口が急増するにつれてインスラは階を増していった。帝政時代には6~7階建でのインスラも珍しくなくなり、そんな建物が市内に4万6602棟もあったというから、ローマを訪れた人たちはその景色を見て驚愕したはずである。

当時の雄弁家は、「もしローマのすべての住宅を地面の高さに降ろしたなら、ローマはたちまちアドリア海にまで広がるだろう」と語ったそうだから、やはり相当な規模だったのだろう。

インスラは、道路に接している一階が店舗として使われ、2階以上が住居として貸し出されていた。高層住宅というと、見晴らしがよい高級な住まいを想像するだろうが、当時のインスラは建築技術の関係で窓が少なく、道路に画した部分のみから採光しているにすぎなかったため、薄暗くてじめじめしていた。

建築方法は、1階から4階まではコンクリートのようなもので作られていたが、それ以上の階層は軽い建材を使わざるを得なかったため、木造の上から漆喰が塗られていることが多かった。

インスラで最も高価なのは2階の部屋だった。2階にはマエニアーヌムと呼ばれるバルコニーが付いていて、ここから外を眺めたり植木鉢を置くことができた。また、2階なら上り下りにもそれほど苦労しなかったし、火災や地震という万が一の事態でも安全に避難できた。

3階以上の一部の部屋にもバルコニーが付けられていた。これはペルグラと呼ばれるもので木製だった。こうした部屋は同じ階のなかでも家賃が一段と高く、一般庶民にとっては高嶺の花だったようだ。

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