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生き方

GNH世界一の国ブータン ・ ワンチュク国王が日本人に伝えたかったこと

ペマ・ギャルポ(ブータン王国政府首相顧問/桐蔭横浜大学大学院教授)

2012年05月22日 公開 2022年11月10日 更新

ブータン王国

ブータン王国第5代国王ワンチュク陛下が来日されたことをきっかけに、ブータンは「世界一幸福度の高い国」として日本中で話題となりました。しかしわずか人口70万人足らずの小さな国が、どのようにして国民総幸福度を高めることが出来たのでしょうか。首相顧問のペマ・ギャルポ氏に解説していただきました。

※本稿は、ペマ・ギャルポ 著『ワンチュク国王から教わったこと』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集してお届けする。

 

郷愁と気づきの国ブータン

ブータン国王ご夫妻の来日を通して、なにか懐かしいような感覚を感じられた方も多いのではないでしょうか。それはいまのブータンが、3、40年くらい前の日本そのものだからかもしれません。「故 (ふる) きを温 (たず) ねて新しきを知る」(温故知新=歴史・思想・古典など昔のことをよく調べ、研究し、そこから新しい知識や見解を得ること)、まさにその通りです。

私が留学生として初来日した約46年前、日本は世界の模範国家でした。西洋と東洋の文化を調和させ、そして近代化に成功した「ニッポン」というのは憧れだったのです。また、当時の日本人もおそらくそうした自覚があり、常に前向きな意識があったと思います。

その一方で、他人を思いやる気持ちにもあふれていました。私が留学生だとわかると、みんな本当に親切にしてくれました。電車に乗っている時、道ですれ違った時、「こんばんは、どちらへ?」と気軽に声をかけてくれたものです。こちらも「ちょっとそこまで」と笑顔でひとことだけ返します。べつに詳しく言わなくても、そこにはお互いの気持ちが通じる会話がありました。

両陛下の立ち居振る舞いを拝見するにつけ、その気さくな雰囲気に驚かれたかもしれません。ブータンでは、特に現国王の御父君第4世の時代に入ってから、国民との距離がぐんと縮まったといわれています。

いまブータンでは、まさに人とのつながりを大事にする意識を高く持とうとする努力が重ねられています。

国王が力を注いでいるプロジェクトでもある「キドゥ」もそのひとつです。「キ」は喜び、「ドゥ」は悲しみ。苦楽をともにしながら国民全体の幸福を高めるために、土地のない人や貧しい暮らしを強いられている人々にいたるまで、直接声を聞き、支援を行う取り組みです。

そのために国王自らが自国のすみずみの村まで訪ね歩き、人々を励まし、意見交換を行っています。その機会には、国民が国王に直接想いを届けることができるのです。

私たち人間は、人生の中でさまざまな喜びや悲しみに直面しますが、それを一緒に喜び合える人、一緒に悲しんでくれる人、喜びを倍にしてくれる人、悲しみを半分にしてくれる人、そういう人間関係を大切にするということが欠かせないのです。国王自らが国民に寄り添い、有言実行されていることが、若き王様が絶大な信頼を得ている証であると思います。

いま、そのようなブータンの意識や哲学が、世界の模範になろうとしています。そのひとつが、先代国王が提唱し、現国王がさらに推奨しようとしている「国民総幸福度(GNH=Gross National Happiness)」です。これは、物質的な豊かさを示す「国民総生産(GNP=Gross National Product)」に対し、ブータンが提唱した内面的な幸福量の尺度で、ブータンは世界一GNHが高い国だといわれています。

GNHとは、目に見えるもの、手に触れるもの、そういうものだけ優先している世の中では、いずれうまくいかなくなる。悲しみや喜びや愛のように、物質ではないものも同様に大事にしていこうという考え方です。国連は、GNHの追求を、2015年までに達成すべき新しい開発目標のひとつに掲げる決議を採択(国連決議65/309)し、GNHの理念は世界的にもたいへん注目されています。

わずか人口70万人足らずの小さな国の哲学、思想が、世界70億の人類のひとつの方向性を示す...。これは非常に画期的なことだと思っています。

国民総幸福度とは、心からの感謝や尊敬など、人間の素直な気持ちが土台になっている考え方で、決してブータンにだけあるものでもありません。少し前の時代の日本にもあった意識なのです。ブータンがいま持っている価値観...それは決して日本人にとって特別のものではなく、日本人が本来持っているもの、その延長線上にあるものだと思います。

国王と王妃、あるいはブータンが持っている素晴らしさに気づくことができる日本は、その価値を理解できる素晴らしい意識を持っているのです。

今回のご訪問はあらゆる意味で、両国にとってたいへん有意義であったと実感しています。私はこれも「カルマ」だと思えてなりません。「打てば響く」という言葉があるように、日本の皆さんが気づいてくださる時に、ご訪問が実現したのだと強く感じました。

 

 ペマ・ギャルポ(Pema Gyalpo)

ブータン王国政府・首相顧問、桐蔭横浜大学・大学院教授、政治学博士

1953年6月18日、チベットのカム地方ニャロン生まれ。1959年にダライ・ラマ14世に従いインドに亡命し、1965年に来日。日本の中学、高校で学び、1976年、亜細亜大学法学部卒業。その後、上智大学国際学部大学院、東京外国語大学アジア・アフリカ語学研究所に学ぶ。1978年、チベット文化研究所所長に就任。1980年、ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表に就任。1999年、モンゴル国立大学より政治学博士号を取得。2007年、モンゴル国大統領顧問に就任。2008年、ブータン王国政府・首相顧問に就任。2011年、ブータン国王ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク陛下夫妻の来日に際し通訳を務めた。コメンテーターとして、テレビ、新聞などでも活躍している。

 

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