2011年11月15日、ブータン王国第5代国王ワンチュク陛下が、国賓として来日されました。わずか6日間の滞在でしたが、日本中に大きな感動と反響を巻き起こしたのです。この来日は、日本とブータンの国交25周年を記念して、5月に予定されていたものが、東日本大震災で延期されたものでした。
ワンチュク国王は、「一刻も早く日本を訪れ、亡くなられた方のご冥福を祈り、遺族を励ましたい。日本の人びとに連帯の意を表したい」と望まれ、結婚式を挙げられたばかりの王妃とともに来日されました。そして、被災地で祈りをささげられるお姿や子供たちへの龍のお話、また、慶應義塾大学や国会でのすばらしいスピーチなど、ワンチュク国王の一挙手一投足は、大いなる共感と感動を呼んだのです。
「国王陛下の謙虚でありながら堂々とした言動に感銘を受けた」
「素晴らしいスピーチに励まされた」
そうした皆さんからのお声に応え、通訳を務められたブータン王国政府・首相顧問のペマ・ギャルポ氏が、国王ご夫妻の訪日の様子をまとめた書籍『ワンチュク国王から教わったこと』を出版されました。
いかなる国民も、決してこのような苦難を経験すべきではありません。
しかし仮に、このような不幸からより力強く、
より大きく立ち上がれる国があるとすれば、
それは日本と日本国民であります。
私はそう確信しています。(ワンチュク国王の国会演説から)
何度も読み返したい国王の感動のスピーチも収録されており、ブータン流「幸せの極意」を知る格好の書です。世界一GNH(国民総幸福量)が高い国からのメッセージを、ぜひご覧ください。
※本稿は、ペマ・ギャルポ 著『ワンチュク国王から教わったこと』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集してお届けする。
ワンチュク国王に教わったこと
日本人にとってはこんなに印象的な国賓はそういらっしゃらないと思います。わずか6日間のご滞在でありながら「あの龍の話をされたかたですね」と子どもからお年よりまで多くの人々の心に残っている、というようなことが、これまでにあったでしょうか。本当に素晴らしいご訪日でした。
今回のご訪日を通して、もう一度日本が元気を取り戻すこと、日本の復興はいうまでもありませんが、日本が世界のリーダーとして人類に貢献することのきっかけや、ひとつの刺激になれば素晴らしいことだと思います。
ブータンはいま大きな社会の変革を迎えようとしています。新しい立憲君主制としての国づくりは、時の国王や首相の問題だけではなく、民主制度の立憲君主制そのものの存亡に関わることだと思って、国王は取り組まれています。若い王様、若い民主主義制度、はじめて直接議会制によって選ばれた首相...なにをとっても、非常に重要な時期なのです。
「改革」とは机をひっくり返すように劇的に展開することですが、それは、先々のよほどの青写真がない限りは、かえって大きな混乱を招いてしまいます。そして若き国王は、時間をかけて国民の声を聞き、改めるところは改め、徐々に変えていくという方法を選択されたのです。
1990年頃からの日本の様々な変革と、ブータンの近代化への変化、進化の大きな違いは、この「改革」と「改善」という言葉の違いにあるような気がしています。
新しい憲法制定時には、国王自らが2年間かけて町や村を歩き、国民に新憲法の内容とこれからのブータンが良き方向へ変わっていくことを丁寧に説いていかれるなど、地道に、そして真摯に民主化を推し進めてこられました。
そして、そこからは、リーダーの素質、覚悟、責任感と同時に、リードする人たちへの信頼とリードされる人たちからの信頼が、非常に重要だと学ぶことができます。
民主主義は、いま存在する政治制度の中で一番いい制度だと思っていますが、それでさえも、他人に押しつけるのはよくないと思うのです。それぞれの社会や国家が、自らの考え、自らの能力と必要性に応じて改革改善していけばいい。
そういう意味でブータンは新しいリーダーのもとで大きな変動の時期を過ごしています。もし、日本からブータンを訪れることがある時には、日本の価値観を持ち込んで語ったり判断するのではなく、いまのブータンそのものを見て知っていただきたいと思います。
生産性や経済力からみると、ブータンは世界の中で下から数えたほうが早いかもしれません。そのヒマラヤの小さな国の精神性が、GNH(Gross National Happiness=国民総幸福度: ブータンが提唱する内面的な幸福量の尺度)を通して国連の表舞台に立つなど、世界のリーダーとして、日本のみならず世界から脚光を浴びています。
世界の会議の場においても、ブータンの首相が経済大国のアメリカ、軍事大国の中国等々の首相と対等に、堂々と胸を張って話されるということは、文化力、精神力の所以だと思うのです。
ブータンは戦闘機も潜水艦も持っていませんが、場合によっては戦闘機や潜水艦が成し遂げられない役割を、これからの世界で果たしていってくれるのではないかと大いに期待しています。
そして、日本にも潜在的にそういう力があると思います。日本の皆さんが、新しいことを見つけることも大事ですが、その力をもう一回掘り起こして、頑張ってもらいたい。今回の国王ご訪日が、日本人が本来持っているものを少しでも思い出されるきっかけになれば、それは国王が一番喜ばれることだろうと思います。
地球人のひとりとして、その独創的な文化と人々の気質、そういうものを通して、新しい世紀に強く生きていこうとするブータンから、特に日本の若い人たちが何かを感じてくださればと思っています。
いろいろな世代の方々が心を動かされたワンチュク国王陛下の来日でしたが、若い人たちには、地球親模で物事をとらえることや、本当の豊かさや成功とは何なのかを考えるきっかけとなり、経験の大切さを説かれたことで年長者はとても救われる思いがしたと聞いております。
また改めて、学生は学校や家族で話し合ったり、大人はこれから子どもたちをどういうふうに育てていくのか迷った時などに、ふと立ち止まって、ワンチュク国王の御心を思い出していただければ、うれしく思います。
ペマ・ギャルポ(Pema Gyalpo)
ブータン王国政府・首相顧問、桐蔭横浜大学・大学院教授、政治学博士
1953年6月18日、チベットのカム地方ニャロン生まれ。1959年にダライ・ラマ14世に従いインドに亡命し、1965年に来日。日本の中学、高校で学び、1976年、亜細亜大学法学部卒業。その後、上智大学国際学部大学院、東京外国語大学アジア・アフリカ語学研究所に学ぶ。1978年、チベット文化研究所所長に就任。1980年、ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表に就任。1999年、モンゴル国立大学より政治学博士号を取得。2007年、モンゴル国大統領顧問に就任。2008年、ブータン王国政府・首相顧問に就任。2011年、ブータン国王ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク陛下夫妻の来日に際し通訳を務めた。コメンテーターとして、テレビ、新聞などでも活躍している。