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生き方

「今日がすべて」75歳・実業家がたどり着いた答え

中野善壽(実業家)

2026年04月28日 公開

家も車も時計も持たない。お金は生活に必要な分を除いてすべて寄付する。メディアにはほとんど姿を現さず、社員にさえ本当に実在するのか疑われていた。

伊勢丹、鈴屋での新規事業立ち上げと海外進出を経て、寺田倉庫の代表取締役社長兼CEOとして老舗大企業を機動力溢れる組織へと変貌させた実業家・中野善壽(なかの・よしひさ)さんは、そんな「何も持たない生き方」を75年間貫いてきた人物です。

何も持たないからこそ、過去に縛られず、未来に悩まず、今日を大切に生きることができる。本記事では、そんな中野さんが「何より伝えたい」と語る言葉をご紹介します。

※本稿は『ぜんぶ、すてれば』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。
※同書は2020年に発売した書籍を携書化したもので、内容やプロフィールは発刊当時のものとなります。

 

今日がすべて。颯爽と軽やかに。

僕が何より伝えたいのは、「今日がすべて」という言葉です。情報が多く、将来のことも、周りの人も気になる時代において、「今に集中する」のはどんどん難しくなっているのかもしれません。

しかし、事実として、夢中になって楽しむことができるのは今しかありません。今この瞬間、ここにいる自分をもう一度見つめてみる。過去にとらわれず、未来に揺さぶられず、確かに味わうことができる今日に集中して精一杯楽しむ。その結果は、先々にいろんな形となって巡って来るはずです。

明日地球が滅びるかもしれないし、誰かをあてにしてもしょうがない。自分を花開かせることができるのは、自分自身に他ならない。すべては因果応報。将来をつくるのは、今日の自分。

今日の自分を妨げるものはぜんぶ捨てて、颯爽と軽やかに、歩いていこうじゃありませんか。

 

今日できることは、今すぐやる。明日死ぬかもしれないから。

僕は目覚めるとすぐ、スタッフに電話で指示を出します。そのあと風呂や朝食、お祈りなど、支度をしてから出かける直前にもう一度電話。「あれやった?」と。

最初の電話から2時間くらい経っていますから、進捗を聞きます。それから出かけて、お昼くらいにまた「どうなった?」。ずいぶんせっかちですね、と笑われそうですが、僕はそうは思わない。

なぜって、明日死ぬかもしれないから。

「明日がある」という希望は持つべきだけれど、本当に明日が来ると信じてはいけない。僕は75年以上を生きてきたから、「明日が来ること」が絶対ではないのだとわかります。

今日できることは、今日のうちやる。今すぐやる。「何から先にやればいいのか」なんて考えなくていい。思いついた順に、なんでもすぐやれば、後悔することはありません。

 

人生は取るに足らないもの。生まれて死ぬまでの時間は、ほんの一瞬。

「思い切ったことをしたいのに、勇気が出ない」と踏み出せない人は、こんなふうに思ったらいい。地球のずっと外側、宇宙空間から眺めてみれば、自分の人生なんて、見えるか見えないかの取るに足らないもの。

人が一人、生まれて死ぬまでの時間は、宇宙に流れる時間のほんの一瞬、まばたきにも満たないほどでしょう。それは誰もがそうであって、この世に存在するものすべてがそう。

大したことはないし、この世に永久に役立つものなんてつくり出せない。そう思えば、なんでも気楽にやってみてもいいんじゃないかと、踏ん切りがつきませんか。そう、自分が役に立つ存在になるなんて考えるのは奢りです。もちろん役立とうとする努力は大切ですが、今日一日を楽しくありがたく味わって過ごしたい。

仕事で失敗したって、明日死ぬわけじゃない。なんでも許される若い時ほど、肩の力を抜いて思い切ればいいと思います。

著者紹介

中野善壽(なかの・よしひさ)

実業家

東方文化支援財団代表理事 元寺田倉庫代表取締役社長兼CEO 1944年生まれ。 幼少期、祖父母の元で「全ては自己責任」という考え方を厳しく叩き込まれ、 その意識は人一倍強く持っていると自負する。好きな言葉は「因果応報」。 その後、弘前高校、千葉商科大学卒業後、伊勢丹に入社。子会社のマミーナにて 社会人としてのスタートを切る。 1973年、鈴屋に転職、海外事業にも深く携わる。 1991年、退社後すぐに台湾に渡る。 台湾では、力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長特別顧問及び 亜東百貨COOを歴任。 2010年、寺田倉庫に入社、2011年、代表取締役社長兼CEOとなり、 2013年から寺田倉庫が拠点とする天王洲アイルエリアを アートの力で独特の雰囲気、文化を感じる街に変身させた。 2018年、日本の法人格としては初となるモンブラン国際文化賞の受賞を果たす。 2015年12月台湾の文化部国際政策諮問委員となる。 2019年6月寺田倉庫退社、2019年8月、地域や国境を越えた 信頼感の醸成をはかり、東方文化を極めたいという飛躍したビジョンを持つ 東方文化支援財団を設立し、代表理事に。現在に至る。

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