唾液から健康リスクを予測...医療を変える「ゲノム解析」の進歩
2023年05月04日 公開
倫理や安全面で議論が続く「ヒトへのゲノム編集」
遺伝性疾患の治療に「ゲノム編集」を活用する研究も進んでいます。これは、ゲノムの中の狙った場所を意図的に変化させる技術。遺伝子の機能を一部なくしたり、逆に新たな機能を加えたりできます。
直近の事例では、命にかかわる強度の貧血を引き起こす遺伝性血液疾患の患者にゲノム編集を用いた治療を行ない、安定した結果が得られたとの報告がありました。
一方、この技術をどこまで活用すべきなのかについては、長らく議論が続いています。特に懸念されているのが生殖細胞や受精卵へのゲノム編集で、2018年には中国の研究者が「ゲノム編集を用いた受精卵から双子の女児を誕生させた」と報告し、非常に物議を醸しました。
今年3月にロンドンで開かれた「ヒトゲノム編集に関する国際サミット」でも、専門家たちが安全性や倫理面から議論した結果、ヒトへのゲノム編集は「現時点では容認できない」との公式見解が発表されています。
ただ、この声明は「現時点では」というところが着目すべきポイントです。今後の研究で、もし今以上に安全で確実なヒトゲノムの編集技術が確立すれば、将来の見解は変わり得る――そんな立場を示唆した見解だと、私は解釈しています。
ゲノム編集した野菜や魚が毎日の食卓に上る時代に
ゲノム編集技術は、農作物や水産物にも応用され始めています。2020年には、アミノ酸の一種「GABA」の含有量を高めたトマトが、国内初のゲノム編集食品として厚生労働省から販売を承認されました。その翌年には、ゲノム編集によって肉厚に改良されたマダイとフグも承認を受けています。
よく混同されますが「ゲノム編集」と「遺伝子組み換え」は別物です。遺伝子組み換えは、本来その生物が持っていない遺伝子を他の生物から持ち込み、自然界では発生しないような変異を人工的に引き起こす技術。
一方、ゲノム編集はその生物が持つ遺伝子の一部を改変する技術ですので、自然界でも同じ変異が起こり得ます。遺伝子にピンポイントで手を入れることで、自然に起こるかもしれない変異を狙って起こせる技術というわけです。
少ない飼料で可食部の多い魚を飼育できれば、食糧問題の解決や環境負荷の低減にもつながります。現在も様々な課題解決に向けた研究が行なわれており、今後もゲノム編集食品は続々と登場すると予想されます。
とはいえ、世の中にはゲノム編集食品に反対する人もまだ少なくありません。東大の研究室による調査でも、約4割もの人が、ゲノム編集食品を「食べたくない」と回答したそうです。
ですが、その方々にさらに「ゲノム編集がどんなものか知っているか」と質問したところ、9割以上の方が「あまり知らない」や「全然知らない」と答えたと言います。
多くの人が新技術についての情報を得ることなく、感情だけで判断していると、どんなに有用な技術も埋没してしまうかもしれません。
より良い未来を実現するには、一人ひとりが先入観なしに情報をフラットに捉え、その技術を正しく理解したうえで、「自分はどうしたいか」を考えていくことが重要だと感じています。
(『THE21』2023年6月号特集「いま50歳の人の10年後・20年後」より)