「人に見せるための生き方」はおやめなさい
依存心は不可避的に支配性を含んでいる。小さな子どもと母親を見れば分かる。依存心の強い小さな子どもは、母親を自分の思うようにしようとする。そして思うようにならなければ、不満だから泣いて騒ぐ。
小さな子どもから少年になれば、泣いて騒げないが、不満は同じである。その不満は敵意になる。
これが個別化の過程のスタートである。そして個別化が進み、自立が完成すると、再び近い人との関係は良好になる。それは自立することで、依存的敵意がなくなったからである。
自立とは、自分を信じること。愛されることばかり求めるのではなく、愛する能力を身につけることである。自我に目覚め、個別化の過程をあゆむのが成長である。困難であり苦しみである。しかしこの苦しみは成長と救済に通じる。
逆に依存心から自立への願望を抑圧して従順にしていることは、その場その場は心理的に楽である。しかしこの楽な人生は人間の成長と救済につながらない。独立とは、立ち上がること。自分を信じ、立ち上がる。それが個性のある人間である。
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なぜ人は服従しようとするのか? それは安全で、保護されるから。服従していれば、私は一人でないから。(註9)
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傷つく勇気を持たねばならない。人は失敗をして傷つけられることを恐れている。しかし失敗がその人を傷つけたのではない。失敗の体験を通して、その人がその人自身を傷つけただけである。
小さい頃の失敗がトラウマになっている人がいる。大人になった時には周囲の世界は違っているのに、つまり失敗した自分を皆はバカにしていないのに、バカにされると思っている。
今、目の前にいる嫌な人に心が囚われてしまうのは、その人を通して今までに蓄積された嫌な人の感情的記憶が燃え広がり始めるからである。
今起きたことが引き金となって、昔の不快な記憶が燃え広がっていく。やがて山火事のように巨大化し制御不能になってしまう。
したがって大切なことは、否定的な人たちに自分を判断させないことである。もともと人を否定ばかりする人たちだから、誰でも否定するのに、「自分だけが」否定されたと思ってしまう。
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消極的な人びとからどんな扱いを受けようとも、自分を"だめな"人間だなどと思ってはいけない。(註10)
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傷つく勇気を持てば、成長出来る。成長することが人間の「唯一の正しい生き方」である。成長には不安と混乱が伴う。傷つく恐れもある。
しかしその恐れを乗り越えて、自分の潜在的能力を使う勇気を持つことである。不安と混乱を覚悟することではじめて、自分の潜在的能力を使う喜びが体験出来る。そしてその喜びの体験がその人を救う。
「失われた楽園」ということがよくいわれるが、「獲得した楽園」というものもある。
ただ成長という意味を間違えてはならない。成長とは自分自身になることである。紅葉を見て思った。葉は輝いて散っていく。最後が最も美しい。葉は「私は花になれない」といわなくても良い。葉そのものが、花なのである。
自分の偉大さを人に見せようとしている限り、自分が自分の偉大さに気がつくことはない。
人に見せるためではない生き方を始めた時、人は自分の成長に気がつく。人に見せるためではない仕事を始めた時、人は自分の偉大さに気がつく。
【註1】Erich Fromm, On Disobedience, Harper Perennial Modern Thought, 1963, p.2
【註2】ibid., p.1
【註3】ibid., pp.1-2
【註4】ibid., p.9
【註5】Lawrence A. Pervin, Personality, John Wiley & Sons, Inc., 1970
【註6】ibid., p.197
【註7】Erich Fromm, On Disobedience, Harper Perennial Modern Thought, 1963, p.11
【註8】ibid., p.9
【註9】Erich Fromm, On Disobedience, Harper Perennial Modern Thought, 1963, p.8
【註10】Denis Waitley, Being the Best, Thomas Nelson Communications, 1987,『自分を最高に活かす』加藤諦三訳、ダイヤモンド社、1989年2月2日、47頁
【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。