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生き方

“長生きに執着するお金持ち老人”に僧侶が放ったひと言とは?

戸田智弘(作家)

2023年10月05日 公開

 

女神エオスの恋物語

あけぼのの女神であるエオスは、ある日、ティノトスという若くて美しい青年に恋をした。やがて二人は毎日のように逢おう瀬せ を重ねるようになった。

しかし、1つ大きな問題があった。エオスは神なので不老不死なのに対し、ティノトスは人間なのでいつか老いて死ぬ運命にあることだ。

「この若くて美しい青年といつまでも恋人同士でいたい」と考えたエオスは、最高神のゼウスに「ティノトスに永遠の命を与えてほしい」と懇願した。この願いが叶い、二人は永遠に毎日会うことができるようになった。

ところが、時間が経過するにつれてティノトスに大きな変化が訪れた。かつての若くて美しい身体は皺しわがよってやせ衰え、声もかすれていった。ゼウスに対してエオスは「不死」を望んだものの「不老」は望まなかったため、ティノトスは普通の人間と同じように老いていく運命にあったのだ。

やがてティノトスは自分で動くこともできなくなり、我が身の醜態に耐えきれず「死にたい」と願うようになった。しかし、ゼウスから永遠の命を得たティノトスは死ぬことも叶わなかった。

見かねたエオスは彼を部屋に閉じ込めて鍵をかけてしまった。ティノトスは部屋の奥から声だけを出すようになり、最後は干からびて蝉になってしまった。

 

人生100年時代を生きることは幸運なのか?

永遠の命(=不死)をゼウスに願ったものの、同時に不老を願わなかったために、身体が蝉のようにどんどんしなびてしまい、それでも死ぬことができなかったというギリシア神話である。「人生100年時代」を象徴するような話にも思える。

21世紀に生まれた人間の半数は、100歳まで生きると言われている。「人生100年時代」の到来は誠にめでたいことである。

しかし、その反面、昔のようにあっさり死ねない時代、簡単には死ねない時代になったということだ。こういう時代に生まれ、生きて、老いていくことは幸運なのか、不幸なのか。

そもそも老化とは何か。『生物はなぜ死ぬのか』(小林武彦著、講談社現代新書)からかいつまんで説明しよう。

老化は細胞レベルで起こる不可逆的、つまり後戻りできない「生理現象」である。具体的には細胞の機能が徐々に低下し、分裂しなくなる現象を意味する。細胞の機能が低下したり、常が起きたりすると、がんをはじめとするさまざまな病気を引き起こす。

これを避けるため、生物は進化の過程において老化の仕組みを獲得して細胞の入れ替えを可能にした。進化が生き物を作ったとすれば、老化もまた、ヒトが長い歴史の中で「生きるために獲得してきたもの」と言えるのだ。

細胞の老化には、活性酸素や変異の蓄積により異常をきたしそうな細胞をあらかじめ排除し、新しい細胞と入れ替えるという非常に重要なはたらきがある。

このはたらきによって若い時のがん化はかなり抑えられるが、それでも55歳くらいが限界であり、その頃からゲノムの傷の蓄積量が限界値を超え始める。異常な細胞の発生数が急増し、それを抑える機能を超え始めるのである。

そこからは病気との闘いになる。別の言い方をすれば、進化で獲得した想定(55歳)をはるかに超えて、ヒト(生物としての人間)は長生きになってしまったのである。

まとめよう。進化が生き物を作ったことに立ち返ってみると、老化という性質を獲得した個体が選択されて生き残ってきたと考えられる。つまり、老化はヒトが長い進化の歴史の中で生き延びるために獲得してきた性質なのである。

【戸田智弘(とだ・ともひろ)】
1960年愛知県生まれ。北海道大学工学部・法政大学社会学部卒業。著書に『働く理由』『続・働く理由』『新!働く理由』『学び続ける理由』『ものの見方が変わる 座右の寓話』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)、『海外リタイア生活術』(平凡社新書)、『就活の手帳』(あさ出版)、『「自分を変える」読書』(三笠書房)、『読めば読むほど知恵が身につく まほうの寓話』(幻冬舎)など。

 

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