1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 戦場カメラマンが「ウクライナ戦争の劇的なニュース」に感じた違和感

社会

戦場カメラマンが「ウクライナ戦争の劇的なニュース」に感じた違和感

渡部陽一(戦場カメラマン)

2024年01月26日 公開

戦場カメラマンが「ウクライナ戦争の劇的なニュース」に感じた違和感


イルピン、ブチャから首都キーウに搬送されたロシア軍の戦車

ウクライナ戦争は情報戦の激しさが特徴的です。しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領が降伏声明を出すという、AIによるフェイク画像の生成方法「ディープフェイク」の技術を使ったフェイク動画が出回るなど、フェイクニュースも多くあります。

フェイクニュースに左右されないために、どのように情報を見極めていけばいいのでしょうか。戦場カメラマン・渡部陽一さんが自身の経験をもとに語ります。

※本稿は、渡部陽一著『晴れ、そしてミサイル』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。

 

「生きた情報」から知る戦争

現地に出向き、生身の人と接するからこそ感じ取れる情報があります。そうした「生きた情報」に触れてみることは、そこで暮らしている人たちの生活を知るヒントになるはずです。

たとえばウクライナ戦争では、戦闘要員の対象年齢となる18~60歳の成人男性は原則として出国が禁止されました。これが世界中で報道されると、日本に住んでいる人たちや、世界各国からは「戦争している国の中に閉じ込められるなんてひどい」といった声があがりました。

しかし、ウクライナに入り、話を聞いてみると、実態は「閉じ込められる」というニュアンスとは少し違うように僕は感じました。ウクライナの人たちは家族や地域のつながりが密で、ウクライナという国のために自分ができることをいつも探している、オープンマインドな人たちが多いです。

大事な自国が戦争に巻き込まれた今、自分にできることがあるならウクライナにいたい、ここで国を守りたいとおっしゃる人も少なくありません。ウクライナ国軍の人に限らず、ふつうに暮らしている市民の人々からも、こうした声をよく聞きました。

外から見て考えることと、そこで何十年と暮らしてきた人たちの姿勢にはギャップがあるものです。ウクライナが大規模な兵力を有するロシアの攻撃に耐え抜いている背景には、ものすごく強い軍隊の存在というよりもむしろ、一人ひとりが助け合い、支え合う、ウクライナの人たちの「優しい連帯」があるようにも感じ取れます。

 

スマホを通じて「生きた情報」に触れてみよう

銃撃を受けて破壊された車
銃撃を受けて破壊された車

「生きた情報」を求めて、実際に紛争地帯に足を踏み入れて取材をするのは、常に危険と隣り合わせです。

僕自身も過去に、危険な目に遭ったことが何度もあります。イラク取材のときは、車で移動していたところ、武装組織の車が横にぴったり張りついてきて、車の窓から銃口を向けられ、撃たれそうになったこともありました。

いかなる国であっても、土足でその現場に足を踏み入れないことが大切です。取材を進めるには、できる限りその国のルールに則っていく。そのためには、一人で動いてはいけません。信頼のおけるガイドさんや、通訳の方に協力してもらう。

イラクで撃たれそうになったときも、一緒にいたガイドさんが、僕が何者で、なぜこの場所に入ってきたのかを、銃を向けてきた男に説明してくれました。ガイドさんが機転をきかせて、言葉のアクセントや宗派などを相手に合わせて話をしてくれたおかげで、武装した男は銃を下ろし、間一髪で助かりました。

事件に巻き込まれるときは、いつも突然です。しかし、現地で生まれ育ったガイドさんや通訳の方は、外国人の僕にはわからない、ちょっとした違和感を肌で感じ取ります。
知らない人がいる。見慣れない車がある。履いているサンダルの種類や、ちょっとしたアクセントの違い。

こういった些細なことで、「ひょっとしたら、自爆テロを起こそうとしている人がいるのではないか」と危険を察知します。安全に取材を行うためには、ガイドさんや通訳の方の協力は欠かせません。

現地に出向いて、こうした「生きた情報」を得るのは、僕たちジャーナリストの役割です。一般の方は、なかなか現地に足を踏み入れることはできないでしょう。

ただ、今はSNSなどを通じて海外の人、戦場に身を置いている人の声に耳を傾けることができます。その人たちの言葉や撮影した写真や動画からは、リアルな息づかいが聞こえてくるようです。

その場にいる人が何を見て、何を感じ、どう考えているのか。スマホを通じて、みなさんもぜひ「生きた情報」に触れてみてください。

 

「数字で見る情報」から知る戦争

一方、現地から離れた日本にいる間に情報収集するときは、「数字で見る情報」で戦場を捉えることを意識しています。

現地で取材をしていると、今起きていることの全体像を把握することはできません。大きな流れをふんわりとしか摑めない中で、一人ひとりの話を聞いていくようなイメージです。

一方、離れたところにいると、具体的な数字で戦場を捉えた情報が次々と入ってきます。避難民の数や、戦争が起こってから何ヶ月で何人亡くなったのか。それを検証したのはどの機関か。

このように数字で捉えてみると、個別の出来事一つひとつがガチャン、ガチャンと連結されて、塊のように捉えやすい情報になっていきます。

ウクライナの首都キーウが再び攻撃を受けた、というニュースが飛び込んできたら、何人の犠牲者が出たのか。その弾道ミサイルの飛行距離は何kmか。その飛行距離であれば、どの地点から撃たれたと考えられるか。

現場の前線にいるときは、たった今撃ち込まれたのがミサイルなのか小型ロケットなのかもわかりません。それよりも、自分の身を守ることに必死です。

しかし、前線から離れて、安全な場所にいる間は、入ってくる情報を俯瞰で見ながら、冷静に起きたことやその規模を摑むことができます。

そうした情報を見るときは、情報の出所や正確性をチェックします。国連や赤十字国際委員会(ICRC)からの情報か。ウクライナ危機管理委員会からか。あるいはロシア側が出した声明か。同じ出来事について複数の出所からの情報を見比べてみると、少しずつ数字が違うことがあります。

比較することで、あからさまにおかしい情報に気づいたり、ある国や組織に有利な情報を流していないかと疑ったりすることもできます。

個人や現場から感じ取れる「生きた情報」と、俯瞰で大局を捉えられる「数字で見る情報」。両方を組み合わせながら知っていくと、さまざまな面が見えてくるはずです。

 

溢れる「フェイクニュース」の見抜き方

情報戦の激しさが特徴的な、今回のウクライナ戦争。情報の持つ力は、戦況、そして国際情勢を左右するほど強くなっています。武器に限らず、情報が相手を攻撃し、徹底的に破壊してしまうこともあります。

しかし、中にはフェイクニュースもたくさんあると言われています。ウクライナ戦争では、AIによるフェイク画像の生成方法「ディープフェイク」の技術を使って、ウクライナのゼレンスキー大統領が降伏声明を出すというフェイク動画が出回りました。

ほかにも、TikTokやTwitterで公開されている、一般市民の動画や投稿が、実はある人たちによって、自分たちの主張を有利にもっていくためにつくられたものだったり、主張に合わせて編集・加工されていたりすることがあります。画像の編集や加工の技術はどんどん進化していて、一見しただけでは見破れないものも増えています。

では、フェイクニュースに左右されないために、どのように情報を見極めていけばいいのでしょうか。

 

戦争映画のような「面白い」映像に注意する

僕はいろんな情報を見るとき、面白すぎる話や映像、気持ちよすぎるストーリーには注意するようにしています。映画のように面白く楽しめるような情報が流れてくると、「ちょっと、できすぎていないか?」と警戒するんです。

ウクライナ戦争が始まった頃も、流れてきた情報を見て、「あ、これは明らかにフェイクニュースだな」と気づいたことがありました。

2022年2月24日、ウクライナの首都キーウの国際空港に、ロシア兵が上空からパラシュートで次々と降り立った、というニュースが飛び込んできました。ロシア軍の兵士が降り立つ動画まであったのです。

ロシア軍には、輸送機からパラシュートなどを使って地上に降りられる空挺部隊があり、ウクライナ戦争以前も中東などで活躍していました。その部隊の兵士たちがキーウに次々と降り立つ映像は、プーチン大統領が描く物語のスタートとしてあまりにもできすぎていると思いました。

というのは、その時点でキーウ上空の制空権は、当然ウクライナが持っているわけです。ウクライナ国軍が約20万人もいて、キーウ中心部の上空にロシア軍の巨大な輸送機、しかも軍用機が入ってきたら、ウクライナ国軍のレーダーでキャッチするはずです。

それなのに、ロシア軍の兵士が何十人もキーウの地に降りてこられるというのは、戦争映画の始まりの場面のようで、「できすぎている」。僕はこの映像を見て、「ああ、これはフェイク動画の戦いが始まったな」と思いました。

以降、似たような怪しいニュース、動画がたくさん出てきました。たとえば、ずらっと並んだロシア軍の大きな戦車が、弧を描いて進行し、首都キーウに向かっていくモノクロの動画なんてものもありました。まるで第二次世界大戦時代の映像のようです。

アリの大群のようにずらずらと戦車が並んで行く。橋の手前で戦車が止まり、戦車の前でロシア兵がコーヒーを飲んでいる。

戦争映画のようで、見ている分には「面白い」のだけれど、やっぱりおかしいですよね。これだけの戦車が大移動するのに燃料はどうしているんだろうとか、正規軍を持っているウクライナの首都手前まで、ロシア軍の戦車が列をなして乗り込んでこられるわけがないとか。ちゃんと見れば、おかしなことはたくさん見つかるのです。

でも、「本当に戦争が始まったらしい」と情報が錯綜しているタイミングで、こんな映像が届くと、「これも本当に起きていることかもしれない」とうっかり信じてしまう。僕も実際に映像を見たとき、一瞬「え?」と釘づけになりました。

 

劇的な瞬間がすべて映る映像は不自然

僕は約30年間戦場で取材をして、撮影してきた経験から「爆発や攻撃などは、前触れなく突然起きる。だから起きたことの全体像を、うまく映像におさめられることはそうそうない」と確信しています。

兵士がパラシュートで降りてくる場面で、兵士が降りてくる前からカメラを構えていて、今まさに降りてきたところが映画のようにきれいに映っているとしたら、「怪しいな。降りてくるのが事前にわかるわけがないのに」と違和感のアンテナが立ちます。

それから、カメラを構える場所が不自然であること。僕は現場の経験から、撮影できる場所には限りがあることを知っています。

たとえば、爆弾が爆発するシーン全体を写すためには、人間の目線の高さではなく、もっと高いところにカメラを設置しておかなければいけない。こんなところにカメラが置いてあるのは不自然だ、などと気づくこともあるのです。

僕自身、どこかの国の軍の従軍カメラマンとして戦場に入る場合でも、俯瞰で状況を見て、その場その場で起きる出来事をしっかり狙ったうえで撮ることはほとんどできません。事前に「ここで爆発が起きる」とわかることはありませんから。

報道カメラマンは軍や兵士たちと生活を共にして、ずっと時間をかけてその場にいる。それでも撮れるかどうかわからない。たまたま印象的な場面に立ち会うことがあれば、その瞬間にカメラを向けられるかどうか。

そもそも立ち会うことが少ないうえに、遭遇したときにカメラの電源が入っているか、すぐにシャッターを切れるかと考えていくと、劇的な瞬間を撮影するのはとても難しいことだと想像がつくでしょう。

撮影できたとして、その瞬間に写真の構図などを熟慮している余裕はありません。だからたいてい、いろんなものが映り込んでいたり、逆に見切れていたりします。

兵士がいて、攻撃の対象がいて、ミサイルが飛んでいって、とあまりに構図がしっかりできていて、まるで戦争映画のパンフレットに載っていそうな写真を見ると、やはり違和感を覚えます。

絶対に撮ることができないとまでは言えませんが、長年、戦争報道に携わる人でもなかなか撮れないものがたくさん世に出てきたら、さすがに不自然だなと感じますよね。

 

公式に発信されている情報にも疑いの目を向ける

また、ウクライナ軍、ロシア軍、それぞれが公式に発信している情報には、少し疑いの目を持ちながら触れたほうがいいでしょう。フェイクニュースを流している場合もありますし、そこまでしていなくても、自分たちにとって有利な情報になるように管理した、偏った発信である可能性はあります。

逆に真実性が高いのは、一般市民、特に避難している方たちが撮影した、通しの映像です。

たとえば、ウクライナの東部。爆撃を受けている地帯から避難する方たちが、カメラを回しっぱなしにして撮影した映像。自宅の階段をドタバタ降りて、車に乗り込む。途中、しゃべる声などが入っていて、車で逃げていく過程で、大きな音がして振り返ると煙が上がっている。テロップが入ったり、音楽で煽られたりと、余計な演出が入らない。

ウクライナの激戦地帯から逃げていく人たちの撮った映像には、戦場のリアルがむき出しのままで映っている映像がいくつもありました。

ウクライナ戦争では、事実もフェイクニュースも入り乱れ、SNS上に膨大な量の情報が流れています。それらをチェックすることで、僕自身、フェイクニュースのつくり方や情報の流通についてとても勉強になりました。

これまでのテレビを中心とした報道では、数分の映像でじっくりとニュースを伝えていくのが主なやり方でした。しかし、最近はTikTokやショート動画が流行しており、とにかく「バズる」場面を切り取った動画が、インターネットを通じて世界中にとんでもないスピードで広がっていきます。

そうした動画のパワーが、今回のウクライナ戦争において、良くも悪くもウクライナへの同情的な見方へとつながり、支える力になっているのです。

 

関連記事

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×